「若おじさんと7人の子供たち」 突然、扶養家族7人を抱えてしまい孤軍奮闘する青年 【インドネシア映画倶楽部】第85回

「若おじさんと7人の子供たち」 突然、扶養家族7人を抱えてしまい孤軍奮闘する青年 【インドネシア映画倶楽部】第85回

インドネシア語でよく聞く「ポナカン」とは「甥、姪」のほかに「扶養家族」の意味もある。大家族主義が重視されるインドネシアならではの物語。「マツの家族」(Keluarga Cemara)をはじめ、家族ドラマに非凡な手腕を発揮するヤンディ・ラウレンス監督作品。日常生活の中にこそ劇的なドラマがあることを感じさせる。とても良い作品なので、是非、映画館でどうぞ。

1 Kakak 7 Ponakan

文と写真・横山裕一

 夢に向かって努力していた若者が突然、姉の子供たちの親代わりをせざるを得なくなってしまい、一人奮闘する物語。1990年代、人気を博したテレビドラマの映画化で、夢や恋愛と厳しい現実、家族愛の狭間で苦しみながらも前を向き続ける主人公を温かく描く。

 建築家を目指すモコは奨学金で米国の有名大学への修士課程進学も決まっていた。しかし卒業面接を終えた日に、同居していた姉の夫が病気で急死、また姉も出産直後にこの世を去ってしまう。姉夫婦には十代の3人の子供がいたが、モコは新生児を含めて、本人とさほど年齢差のない4人の面倒を親代わりとして見なければならなくなった。さらにかつてのモコのピアノの先生が諸事情で十代の娘を預けてきた。このため、モコは留学を諦め、同じ道を目指していた恋人にも別れを告げざるを得なかった……。

 作品タイトルの「1 Kakak 7 Ponakan」は直訳すると「1人の兄と7人の甥姪たち」。兄(Kakak)のように歳の若い叔父と7人の甥姪ではあるが、7人の中には途中から同居を始める主人公モコのもう一人の姉夫婦も含まれている。インドネシア語での「Ponakan」は甥・姪の意味ではあるが、それ以外の扶養対象者にも「Ponakan」と広義的に使われることもある。血が繋がらない者でも親しかったり、同郷者などに兄弟(Saudara)という言葉が使われるのと同じであるようだ。物語内でも姉の夫がやたらとモコが義弟であるにも関わらず金をせびるシーンもあり、実質的にモコの扶養家族のようでもある。

 悲惨な物語ではあるが、全体として暗い印象を受けないのは、主人公のモコが子供たちのために献身的に尽くす姿が優しく描かれるのと、それを見続ける甥と姪たちがしっかりとモコの愛情を受けとめている姿が描かれているためと思われる。現代でも大家族主義が重視されるインドネシアならではの物語ともいえそうだ。のちに再会するモコの恋人の親身なサポートも温かく感じられる。作品のポスターで中央の主人公以外に8人いるのは、7人の扶養家族と恋人である。

 監督は2024年のインドネシア映画祭で最優秀作品賞を受賞した「映画のように恋に落ちて」(Jatuh Cinta Seperti di Film-film)も手がけたヤンディ・ラウレンス監督。本作品と同じくテレビドラマを映画化した作品「マツの家族」(Keluarga Cemara)も制作しているように、家族ドラマに非凡な手腕を発揮できる監督ともいえそうだ。また地元報道では、台本読み合わせなど、出演者は撮影前の2カ月間に監督や出演者間でコミュニケーションを取り続けてきたというだけに、甥、姪たちの演技や表情も自然で見どころの一つだ。また、新生児役の赤ちゃんがクレジットを見る限り、誕生直後から2歳までで6人もこまめに変えられているのも面白い。手足を突き上げながら泣く姿はとても可愛く、赤ちゃんのナイスパフォーマンスだ。

 新たな「家族」のために努力を惜しまない主人公、温かい恩義を感じる子供たちの思い、そしてサポートする恋人の思いが交錯する終盤は感動的でもある。日常生活の中にこそ劇的なドラマがあることを感じさせる作品である。是非劇場でそのぬくもりを感じ取っていただきたい。(英語字幕なし)

インドネシア映画倶楽部 バックナンバー
横山 裕一(よこやま・ゆういち)元・東海テレビ報道部記者、1998〜2001年、FNNジャカルタ支局長。現在はジャカルタで取材コーディネーター。 横山 裕一(よ…
plus62.co.id