万博インドネシア・パビリオンMCの大場亜沙美さんに聞く
大阪・関西万博のインドネシア・パビリオンで司会を務めた大場亜沙美さんに、「ヨヤクナシダンス」の生まれた経緯や、日本人とインドネシア人の交流シーンについて聞きました。(文・池田華子、写真・大場亜沙美さん提供)
インドネシア・パビリオンのインドネシア人スタッフは日本在留者が多かったのですか?
いえ、ほとんどがインドネシアから来ていました。ですので、英語はできるんですが、日本語はできない人が多かったです。「ヨヤクナシダンス」をやったのは「リエゾン・オフィサー」(LO)と呼ばれる接客・アテンド担当です。LOにはパビリオン内を案内する「中」と、呼び込みをしたり列の案内をする「外」のスタッフがいました。

「ヨヤクナシダンス」が始まった経緯は?
万博の多くのパビリオンが「予約あり」(予約が必要)でした。インドネシア・パビリオンのLOは、日本人のお客様にしょっちゅう「予約なしですか?」または「予約なし?」と聞かれて、「予約なしでーす!」と答える。「すぐ入れますか?」と聞かれて「すぐ入れるー!」と答える。そういうやり取りを重ねるうちに、「予約なし」が「よく使う、わかりやすい日本語」だ、と認識していきました。お客様の表情や反応を見て、それがキャッチーな言葉だ、とわかったわけです。
それから、万博が始まったばかりの4月はまだ寒かったんですが、そういう寒い日も、雨の日も、風の日も、外で呼び込みをします。LOは自分たちが楽しむために、自分たちが乗れる曲を「かけて」とバックステージにリクエストしました。そうやってかけてもらった、好きな曲に合わせて踊り、周りも「yell, yell」みたいな感じで盛り上がって、ヨヤクナシダンスが作り上げられていきました。6〜7月あたりにはもうブームになっていました。
「ザ・チャンチュッターズ」やダンドゥットなど、替え歌に使っている選曲がなかなか渋くて絶妙でした。頭に残り、中毒になります。曲はどうやって決めたのですか?
単純に、LOの好みです(笑)。
YouTubeでいろんなバリエーションのヨヤクナシダンスを見ました。どんどん進化していったわけですか?
はい、進化の様子を見るのがまた面白かったです。実は、インドネシア・パビリオンはだんだん人気になって、「すぐ入れ」なくなってしまいました。そこで「水飲んでください」「最後尾はあちら」などに歌詞を変え、夜になって少し空いてきたら、いつもの「♪予約なしで、すぐ入れる」に戻していました。
インドネシア人は、ラップのように、音楽に言葉を入れていくのがうまいです。そして、誰かが始めると「ヨー、ヨー」などと言って合わせて、盛り上げていきます。
いつもの呼び込みのほかに、週末の午後8時以降は「ダンス・タイム」です。お客様もステージに上げて、このヨヤクナシダンスなどを一緒になって踊ります。それがまた楽しくて、「週末の夜狙い」で来るお客様もいました。
インドネシア・パビリオンのほかにも、音楽や踊りで呼び込みをしているパビリオンはあったのですか?
インドネシアが唯一かどうかはわかりませんが、インドネシア・パビリオンは最初から最後まで、歌と踊りを取り入れたスタイルでした。初めは比較的「おとなしめ」でしたが、だんだんお客様の間で広がって人気になって、異常な盛り上がりに(笑)。インドネシア人はホスピタリティーが素晴らしい。その時の状況に合わせて、自分たちもお客様もみんなで一緒に、全力で楽しめるようにしていたと思います。

ヨヤクナシダンスが日本人の心を捉えた理由は何だと思いますか?
万博は会場へ行くのも大変で、着いてからもゲートで長時間並んで、ようやく入れます。そうやって入った広大な敷地で「迷えるお客様」の心を捉えたと思います。
日本人は「もう一押し」が必要ですよね。インドネシア・パビリオンは「とにかく入ってみて」、「どうぞ、どうぞー」と半強制的に入らされる(笑)。まったくインドネシアなど視野に入っていなかった人でも、この陽キャのノリにつられて、するする吸い込まれて行く。ヨヤクナシダンスのブームの最初のころは、そんな感じでした。インドネシア人スタッフもそれが面白かったみたいです。
インドネシア人は外向的ですから、シャイな日本人からすると「こんなに陽気でいいのか?」というギャップがあったと思います。同じノリで朝から晩までやっている、その「ブレない陽気さ」が日本人の心をつかんだと思います。
パビリオン内の案内も、外のヨヤクナシダンスのように「面白く」やっていたのですか?
そうですね。例えばインドネシア・パビリオンのマスコットの「トゥムトゥム」の紹介は、「これは、インドネシアの『ミャクミャク』です〜!」という風にやる。ちょっと大げさな口調で、笑いを取りながら誘導していました。
インドネシア人と日本人の間で、印象に残った交流シーンはありましたか?
インドネシア人スタッフは、日本人のお客様からたくさん手紙をもらっていました。ちょっと見せてもらったんですが、「いつも楽しんでます、ありがとう」「また日本に来てね」「あなたのおかげで元気が出ました」「あなたに会いに来ました」など、日本語やインドネシア語で書いてありました。
差し入れもたくさんもらっていて、帰途についたスタッフのスーツケースのかなりの分量が、お客様からいただいたお土産だったのではないでしょうか。服をもらったり、手作りのぬいぐるみをもらっている人もいました。日本人による、ファンへの「推し活」ですね。
インドネシア人の心が日本人に届いたんでしょうね。何かお返ししたくなるぐらいの「愛」をもらったのではないでしょうか。強烈なインパクトだったんだと思います。
日本でのインドネシアのイメージは変わったでしょうか?
「インドネシアってどんな国?」というのは日本にはあまり伝わって来ない。「バリ」「ナシゴレン」ぐらい。まったくわからない中で、「こんなに陽気な人たちなんだ」というインパクトになったと思います。半年間ずっと陽気に振る舞っていたので。LOだけでなくて、みんな、陽気でしたから。
大場亜沙美(おおば・あさみ)さん
日本在住の、インドネシア語、英語などのマルチリンガルMC。初めての海外旅行がバリ島で、インドネシアに関わり始める。在日インドネシア大使館のイベントなどでMCを務めるほか、大阪・関西万博ではインドネシア・パビリオン公式MCとして、開幕式から各種イベント、閉幕式までを務めた。


