文・知る花
いつも見ているパソコン画面の向こう。突然、夕暮れの海が現れた。
桟橋の上にいる。前を人が歩いている。バイクが走り去る。桟橋の下には海が広がり、波の細かいしわが見える。画面がパンして、長く広がる砂浜が見えた。浜辺にも波が打ち寄せている。
桟橋の周辺の海は、割合に波が高い。桟橋につながれた小さな細長いボートが、いくつか、波に激しく揺さぶられている。その時、突然、桟橋から海の中へ、誰かが飛び込んだ! 水しぶきが上がる。
海の上には雲が広がっており、その雲の中で夕日が輝いている。次第に、海や舟がピンク色に染まり始めた。
ここは実は、スンバ島の北岸にある「パンタイ・キタ(Pantai Kita)」という名前のビーチだ。スンバ島でガイドをしているジョンに、Zoomでつなげてもらったのだ。
ジョンとは、2年前にスンバへ旅行した時に知り合った。そのジョンから最近、連絡があった。端的に言うと「援助のお願い」。元々、外国からの観光客が多かったスンバ島に、もちろん今では観光客はなく、ジョンは仕事がなくなり、子供の学費に困っていると言う。
援助をするのは構わないが、地方にいる自分たちでも何かお金に替わる価値を生み出せると知ってほしいと思った。スンバ島で見た夕日がすごくきれいだったので、援助をする代わりに「家の近くのビーチへ行って、夕日を見せてよ」と頼んだ。
スンバとジャカルタの時差は1時間。ジャカルタ時間の午後4時半(スンバ時間同5時半)ごろ、ビーチへ行ってもらった。
スマホのホワッツアップ(WA)ビデオコールでつなぐ。広がる海、水平線に沈む美しい夕日。波の音に、小舟の「ポンポンポンポン」というエンジン音。言葉を失った。日没が終わってスマホを切った後、ぼーっとしてしまった。実際にその場に行って来たかのような、不思議な体験だった。
翌週はジャカルタ在住の友人も誘って、Zoomで試してみた。あいにく雲が多く、ジョンは「太陽が見えない(Tidak ada matahari)」と言うが、ジャカルタでは望みようもない、美しい海。
文頭に書いた、新型コロナウイルスとは何の関係もなさそうな、いつもと変わらない風景があった。そこでは、人がいつもと変わらずに生活していて、海があり、夕日が沈んでいく。ただそれだけのことで、ジョンにとっては普通すぎる風景なのだろうが、心を揺さぶられた。
インターネット上には山のように動画が上がっている。「スンバ、海」で検索すれば、素人のジョンが送ってくる手ぶれした映像より、もっと素晴らしい映像がいくらでも見つかるだろう。テレビだってある。しかし、臨場感が違った。ジョンという、自分の知った人が、今、そのビーチにいる。海も夕日も、そこにいる人たちも、スンバ島で今まさに起きている風景だ。さっき海に飛び込んだ人も、私たちが見ているその時に、海に飛び込んだのだ。
この後、ジャカルタのアパートから美しい夕日を眺めた。この夕日は、スンバ島の海に沈んだ夕日と同じ夕日なんだなぁ……と思いながら。
「バーチャルツアー」、そんなのやって楽しいの?と思うかもしれないが、意外にいけるのではないだろうか。
例えば、このスンバ島。ジョンに、海に沈む夕日や、近くにあるという美しい滝を見せてもらう。それを見ながら、スンバの話をいろいろと聞かせてもらう。カメラに写る物を「あれは何?」と質問したり、「あそこをもっと見せて」と頼んだりもしたい。テレビやYouTubeの動画にはない、そういったコミュニケーションのあるツアーならどうだろうか? こちらで何か「小道具」を準備できたら、なおいい。
実はジャカルタの大規模社会規制(PSBB)まっただ中に、友達と「妄想バリ旅行」をやった。これが、めちゃくちゃ楽しかった。アパートの一室を「バリ」と仮定する。普段はもちろん着ることのないリゾート着姿となり(それだけでも気分は上がるものだ)、バリの動画を流し、ケータリングしたバリ料理を食べ、おしゃべりをした。バリのヴィラでまったりしているような気がした。「形から入る」と言うが、服や食べ物という小道具で、意外にその気になれるものだ。
ジャカルタのバーチャルツアーにも何回か参加してみた。これもPSBB下で始まったもので、普段はジャカルタでツアーガイドをしているプロのガイドが、グーグルマップス、ストリートビュー、写真、動画などを駆使してZoomで行う。「ジャカルタの高さ100メートル以上のビル」「美しいお墓」といったユニークなテーマで、ジャカルタを案内してくれる。住んでいてもよく知らないジャカルタの歴史や文化を、プロのガイドががっつり解説してくれるのは勉強になって面白い。
スンバ島のジョンと違ってガイドが現地に行くわけではなく、完全にデジタルの世界だ。しかし、というか、だからこそというか、実際に移動すると渋滞していて時間がかかるところ、ビルからビルへ、一瞬で飛べる。「美しいお墓」ツアーも、実際のツアーだと1カ所で3時間ほどかけるそうだが、バーチャルツアーだと1カ所15〜30分で次々に回り、詰め込んだ内容になる。デジタルならではのツアーと言える。
このジャカルタツアーには国外からの参加者もあり、サウジアラビアに住んでいるインドネシア人が、ジャカルタを懐かしんでか、一家で参加したという。ジャカルタを懐かしく思う日本の方たちも、もちろん参加可能だ。
「バーチャルツアーも『あり』だな」というのは、このコロナ禍の中で学んだことだ。