Teman Tegar Maira Whisper from Papua
異常気象や災害が多発する中で、パプアに生きる少数民族の姿を通して自然との向き合い方を問いかける。パプアの地からささやかれる「大切なこと」とは? パプアの大自然の美しさも見所の一つだ。
文・横山裕一
ジャングルの奥深くで自然と共生するパプア少数民族の人々の姿を通して、大自然の大切さ、地球に生きる人のありよう、考え方を改めて見つめ直させてくれる作品。美しい大自然の映像を堪能しながら、自然と向き合う人々の思考から多くを学び取ることができる。
物語は西ジャワ州の都会バンドゥンに住む身体障害者の少年トゥガルが、身の回りの世話をしてくれている看護師イシィの帰省について西パプアへ行くところから始まる。海岸沿いの小さな集落に着いた2人は、籐で編んだバッグを売りに来た少女マイラと出会う。マイラはジャングルに住む少数民族カイマナ民族で白い木の皮を加工した服を着ていた。マイラの誘いに興味を持ったトゥガルはイシィとともにマイラの村へ行くため山奥へと踏み込んでいく。
一方、マイラの村では開発業者が村の長老を訪ね、「村の人々の生活に協力したい」と契約書にサインを求めた。村民はマイラを除いて読み書きができないため、開発業者の言葉を信じて契約書に拇印をしてしまう。村に戻ったマイラが契約書を読み上げると、そこには「森の権利を譲る」と記されていた。そして、マイラは重機などで大木が切り倒され、森が破壊され始めている姿を目の当たりにしてしまう……。
作品ではマイラをはじめとしたカイマナ民族の人々の「我々は自然から与えられて生きている。だから自然を奪ってはならない」といった生き方、考え方を通して、自然との向き合い方が問われている。劇中、マイラも祖母に「私たちは鹿を食べるけど、鹿から奪ってばかりなの?」と尋ねると祖母はこう答える。
鹿は草を食べる。私たちが死んで土に帰って草を生やすんだよ
もう一つの彼らの思想でもある「自然を奪ってしまうと、災害を招く」は、インドネシアだけでなく、世界に共通したものでもある。彼らが自然と共生する中で得た知識なのだろう。劇中、トゥガルも「僕たちの街でも洪水や土砂崩れが起きている」と我が身を振り返る。
また、作品では彼らの自然の中で生きるからこその知恵や力強さも紹介される。トゥガルたちが森へ踏み込んだシーンでは、飲み水も尽き疲労困憊したトゥガルとイシィに対し、マイラと友人は竹を擦って火を起こしたり、水を多量に含んだ木を切ってきて水を飲ませる。この木の水は筆者もパプアのジャングルで飲んだことがあるが、喉の渇きを癒すには十分な量の水が含まれている。
さらにトゥガルたちが森へと入る前に徒歩で行くには遠すぎるのではないかと危惧すると、マイラはあっけらかんとこう話す。
あの山を越えて川を渡って、登って降りて、また川を渡って、登って降りるだけよ
近代化が進み便利な世の中に生きる我々を否定するつもりはないが、作品では全てを金や物に頼りすぎている現代人に対するアンチテーゼも投げかけられているようだ。近代化の代償が森林伐採や大気汚染などで、異常気象や災害が多発しているのも事実である。
本作品は女性監督のアンギ・フリスカ監督で、国内有数の高峰を制覇する登山者を追いかけ、自然の素晴らしさを描いたドキュメンタリー映画「おとぎ噺の国」(Negeri Dongeng /2017年作品)などを手掛けてもいる。また両手がなく、片足も極端に短い身体障害者を主人公にした作品「トゥガル」(Tegar /2022年作品)も彼女の監督作品で、今回の作品でパプアを訪れる少年トゥガルは同一人物だ。前作とは設定が同じだけで物語のつながりはない。ただ、身体の不自由さをものともせずジャングルに踏み込む彼の姿には逆に勇気を与えられる。
さらに撮影監督としても多くの作品を手がけていて、「大統領の自転車」(Sepeda Presiden/2021年)は今回と同様にパプアが舞台だ。撮影監督が長いだけに今回のパプアの大自然の描き方も美しく、見どころの一つでもある。
あどけなさが残りながらも力強く生きるマイラの姿、ジャングルに生きる人々の豊かさを是非劇場でご覧いただきたい。そしてパプアからささやかれる「大切なこと」を聞き取ってもらいたい。

