「悪魔の奴隷 2:聖体拝領」 大ヒットホラー再び。東南アジア初のIMAX撮影 【インドネシア映画倶楽部】第42回

「悪魔の奴隷 2:聖体拝領」 大ヒットホラー再び。東南アジア初のIMAX撮影 【インドネシア映画倶楽部】第42回

2022-08-09

Pengabdi Setan 2 : Communion

夏はホラー、というわけでもなく、年中ホラー映画のインドネシア。再び爆発的なヒットを飛ばし始めているのが本作。舞台はジャカルタの集合住宅。東南アジアで初のIMAX撮影を行い、時代性も映した話題作だ。

文と写真・横山裕一

 2017年に大ヒットした「悪魔の奴隷」の続編は、2022年8月上旬の公開初日で70万人余りの観客を動員し、4日目には200万人を突破する再ヒットを続けている。筆者が鑑賞したシネマコンプレックスでは、4スクリーンすべてで同作品が上映されていたほどだ。

シネコンで全スクリーン上映のため同一ポスターが並ぶ
シネコンで全スクリーン上映のため同一ポスターが並ぶ

 前作で、悪魔の襲撃を受けた主人公リニの家族は辛くも逃げきり、ジャカルタの集合住宅の一室に移り安堵の生活を始める。しかし、出自の因縁から末弟は悪魔に奪われた上、「安堵の生活」の隣人が実は悪魔で、リニ家族は気づかぬまま悪魔の掌に載せられている恐怖を観客が知るところで物語は終わる。

 続編の今回はその集合住宅を舞台にして、リニ家族に新たな恐怖が始まる。前回、悪魔から逃げ切れた家族の気持ちを表すかのように、部屋に外光も差す明るい雰囲気の集合住宅だったのが、今回は薄暗く、外装も内装もコンクリートが打ちっぱなしの何処か寒々とした雰囲気で、まさに何か起きそうな予感満載の舞台に様変わりしている。

 当初、主人公家族は田舎の一軒家から都会の集合住宅に避難したことで、大勢の住民がいることから安堵感を持っていたが、かえって集合住宅の方が素性のわからぬ人々が多いことに気づき、新たな不安を抱える。作品は1984年の設定であるが、日本では無くしつつある近所付き合いがまだ多いインドネシアでさえ、ジャカルタなど大都市ではアパートなどの集合住宅が増えて隣人が誰だかわからない状況になりつつある近年の社会現象を暗喩しているかのようだ。

 不安に加えて、リニ家族の集合住宅がある北ジャカルタに局地的な大雨の天気予報。大雨で1階のロビーは洪水で外に出られなくなり、ホラー定番ではあるが、逃げ出せない空間での逃走劇、長い闇夜が始まる。

 監督は同シリーズをはじめ「呪いの地の女」(Perempuan Tanah Jahanam/2019年公開)で一躍ホラーヒットメーカーになったジョコ・アンワル監督。前作では作品全体として、1965年に起きたクーデタ未遂事件と言われる9・30事件以降大虐殺が行われた共産党員狩りを想起させる内容だったが、今回は1980年代プトゥルス(Petrus:ミステリアス銃撃の略)と呼ばれた、当時のスハルト政権下での治安悪化の未然防止のための秘密オペレーションがモチーフとなっているようだ。事件防止の名の下、誘拐され後日遺体で見つかる事象が特にジャカルタや中部ジャワで相次ぎ、当時の住民たちを震撼させた。誰によるものかも不明瞭で、まさに当時の社会に不都合な人々が闇から闇に葬られた。こうしたインドネシア現代史で実際に起きた理不尽な政治的・社会的事件を、ジョコ・アンワル監督はまさに「悪魔の仕業」として阿鼻叫喚の過去の事実をホラー映画で再現し、翻弄される国民を「悪魔の奴隷」として揶揄している。

 さらに撮影法もレベルアップさせ、東南アジアで初のIMAX撮影を行なっている。残念ながら筆者は通常の上映館だったので効果は確認できていないが、大画面に加え、高解像度カメラによる撮影は薄暗く不気味なシーンの多い同作品にはうってつけだと思われる。また登場人物の視線を意識したカメラワークも随所に盛り込まれ、効果を上げている。

 地元報道によると、同作品がらみで興味深い報道が2件あった。一つは今作品「悪魔の奴隷 2」が「ファン達の美しい思い出を壊してしまった」というタイトルのものだ。これは2000年公開で大ヒットしたファミリー映画「シェリナの冒険」で舞台の一つになった西ジャワ州レンバンにある天体観測所が「悪魔の奴隷 2」でもロケ地となり、遺体で埋め尽くされたシーンとして再登場したためである。可愛く、明るい「シェリナ」のファンにとっては、「美しい思い出が……」とソーシャルメディアで嘆く投稿が相次いだようだ。しかし、誹謗中傷には至っておらず、今回の作品の話題性の高さを表しているようでもある。

 もう一つの報道は、今作品のメイン舞台となった集合住宅についてである。スクリーン上、広大な空き地にポツンと立つ15階建ての裏寂れたビルは一見CGかとも思われたが、実はジャカルタに東接する西ジャワ州ブカシに実在する建物だった。スシロ・バンバン・ユドヨノ前大統領時代の2007年、国民住宅省が住宅供給促進のために、国家予算に加えて民間企業の資金を募って始めた「安価集合住宅1000棟計画」の一環で建設されたものだった。しかし、計画は民間企業の資金不足のため2009年に頓挫し、撮影舞台になった建物も建設途中で中止、その後は放置され荒れるままとなっていた。

 荒れ放題の建物とはまさにホラー舞台にはうってつけで、その効果は直接鑑賞して実感していただきたいが、経緯を知ると国民税金の霊まで出そうである。余談になるが、民間資金もあてにした首都移転計画はこのビルのようにはならないことを期待したい。

 物語では、悪魔の意図は何か、前作から続く悪魔と主人公達との因縁に進展はあるのか、またサブタイトル「聖体拝領」が意味するものは、など物語の核となる部分から派生する怖さは前作を上回るのか? 続編作品にありがちな前作を上回れない作品が多い中、今作品はどうか? これらは是非とも鑑賞して見極めていただきたい。(英語字幕なし)

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横山 裕一(よこやま・ゆういち)元・東海テレビ報道部記者、1998〜2001年、FNNジャカルタ支局長。現在はジャカルタで取材コーディネーター。 横山 裕一(よ…
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