Janda
南スラウェシの村で、出稼ぎ先の夫からの消息が途絶えてしまった女性。村の男性と女性の双方から、「未亡人」(janda)という呼び名と共に、さまざまな噂話や誹謗中傷にさらされることになる。スラウェシ出身でマカッサルを拠点に映画制作を続ける、シャフリル・アルシャド・ディニ、通称レレ監督による意欲作。
文と写真・横山裕一
タイトルの「ジャンダ」とはインドネシア語で離婚した、あるいは夫と死別した女性を指す言葉である。今作品は南スラウェシ州の山裾の村を舞台に、噂好きな村人の偏見に耐えながら生きる女性を通して、様々な問題を観る者に訴えかける。
物語の舞台は南スラウェシ州の州都・マカッサル南東のゴワ県バラロマン村。風光明媚な自然に囲まれながらも都市から離れた田舎村である。若く美しい女性、プラプティは夫アグスが中東へ出稼ぎに行ったため、娘のフィナと2人で暮らす。夫からの連絡で、出稼ぎの収入を見越して隣家の立派な家、そして自家用車のローンを組んだことを知ったプラプティは隣家に引っ越す。
しかしその後、夫からの連絡が途絶えてしまう。電話も通じず。半年が経つ。送金も途絶えたため、新居と車を取り押さえられ、元の粗末な家に戻らざるを得なくなった。何より夫の安否を心配するプラプティだが、生活費がない厳しい現状に直面する。追い打ちをかけるように、いつからか村の主婦たちやプラプティの自宅近くにあるバイクタクシーの待機場の若者の間で、「プラプティの夫は別の女性と再婚した、あるいは海外の仕事先で死んだ」という噂が広がり始める。そして、プラプティは確証もないまま「ジャンダ(未亡人)」のレッテルを貼られ、心なく蔑む発言、態度を取られるようになっていく……。
状況の自己判断のみで無責任な発言をする噂話の怖さ、残酷さを改めて感じさせる。近年、ソーシャルメディアを通じた誹謗中傷などの深刻な問題をテーマにした作品が多く制作されているが、今作品では田舎の村という狭い環境を舞台に村人の直接的な発言で展開するだけに、ソーシャルメディア問題の原点をみるようでもある。
インドネシア統計局によると、2022年の離婚件数は51万2千件余りと多く、夫との離婚、あるいは死別した女性の経済的、社会的地位の問題も深刻である。映画「未亡人」で登場する主人公の友人のように、要人の愛人になって生活を守る現状も、実社会で度々指摘されている。また、本作品の主人公の夫のように海外への出稼ぎ労働者も年々増加傾向で、総数は370万人を超えるともいわれていて、出稼ぎ先での労働者に対する虐待や死亡事故も度々報道されている。
こうした様々な社会問題を描いた本作品の監督は、スラウェシ島出身で南スラウェシ州州都マカッサルを拠点に映画制作を続ける、シャフリル・アルシャド・ディニ、通称レレ監督である。レレ監督はこれまでにも南スラウェシ州で栄えたゴア王国とオランダの戦いを描いた歴史大作や、マカッサルを中心とした地方での伝統風習をもとにしたラブロマンスやホラー作品など、南スラウェシ州発信のローカル映画作品を手掛けてきている。本作品も南スラウェシを舞台にしているが、テーマはインドネシアにとどまらず世界共通の普遍的なものである。
人々の憶測と不用意な発言がいかに人を傷つけるか、といった、観る者が身につまされる物語でもあり、様々な社会問題を扱った秀作だ。(英語字幕なし)