澄んだ鶏スープに鰹の香り 丁寧な仕事の昔ながらのラーメン 【びーとさんのジャカルタ・ラーメン今月の一杯】#5 「えびす屋」の醤油ラーメン

澄んだ鶏スープに鰹の香り 丁寧な仕事の昔ながらのラーメン 【びーとさんのジャカルタ・ラーメン今月の一杯】#5 「えびす屋」の醤油ラーメン

文・びーと(名取敬)

 僕はラーメンの食べ歩きでは、基本的に「コレクター」です。特に日本では、「むかん」などの一部を除けば、同じ店を何度も訪れることはほとんどありません。ただ、ジャカルタでは少し事情が違うんですよね。

 近場のラーメン店はかなり食べ尽くしてしまったこともあり、時間がない時は行きやすい店をリピートすることも増えました。しかし、わざわざ車で遠くへ、それなりの時間をかけて何度も食べに行く店、となると、やはり数えるほどしかありません。その数少ない一軒が、西ジャカルタにある日本食店「えびす屋」(EBISUYA)です。

 ここはラーメン専門店ではありません。寿司や刺身、焼き物、丼、そばなど、いろいろな日本料理があり、どれもしっかりおいしいです。でも、僕がわざわざここまで来る一番の目的は、やっぱりラーメンなんです。

 正直、日本食店で出しているラーメンには、あまり期待しないことが多いです。和食の職人さんは出汁を取るのが上手なので、スープ自体はちゃんとおいしい。でも、ラーメンに大切な「油」の弱い店が結構あるんですよね。よく感じるのは、立ち食いそば屋で出て来るラーメンみたいな感じ。出汁はおいしいんだけど、ラーメンとしては何かが足りない

 そんな先入観だったので、えびす屋のラーメンを初めて食べてびっくりしました。澄んだスープの醤油ラーメン。いつものようにレンゲでスープを一口飲んでみると、ファーストタッチでぶわっと香りが来ます。「あ、これはうまい」。思わず丼を持ち上げて、スープを直飲みしてしまいました。僕は日本でも「これはちょっと違うぞ」と思ったラーメンはスープを直飲みします。そうすると、表面の油とスープが一緒に口に入って来ます。その一体感を確かめたくなったんですよね。

エビスヤラーメン

 これは、スープに豚を使い、香味油もラードかな、と思いました。魚介の香りも感じたので、カエシ(醤油ダレ)の中に鰹節などの魚介の出汁を効かせているんじゃないか……食べながら、そんな風に想像していました。

 ところが、今回の取材で話を聞いてみると、この予想は外れていました。スープは鶏だけ。あの印象的な魚介の香りはカエシではなく、鰹節から作った香味油によるものだったんです。この「鰹油」が、えびす屋のラーメンの大きな特徴です。

 鰹は使い方が難しい素材です。スープに効かせすぎると、一気に鰹が前に出てしまい、鰹節のお湯割りを飲んでいるような感じになってしまいます。鰹節をそのままラーメンの上に載せている店もありますが、個人的にはあまり好きではありません。

 その点、えびす屋は鰹そのものを強く出すのではなく、油に香りを移しています。最初にふわっと鰹が香って、その後に鶏のうまみが来る。このバランスがいいんですよね。

 しかも、この鰹油、作るのは意外と大変です。僕も日本のラーメン道場で鰹油を作りましたが、ラードに鰹の厚削りを入れて香りを移しました。厚削りはその名の通り厚みがあるので、比較的火を入れやすく、扱いやすいんです。一方、えびす屋で使っているのは普通の鰹節。薄いので、温度を上げすぎるとすぐカラカラになってしまいます。低い温度からゆっくり火を入れ、焦がさずに香りだけを移していく。これ、結構大変なんですよ。

 ただ、鰹油だけでこの味になっているわけではないと思います。角煮風のチャーシューは脂身も多く、その脂もスープにかなり出ているはずなんですよね。鶏のスープに鰹油が加わり、さらにチャーシューから出る豚の脂が重なる。この辺りが合わさって、えびす屋らしい味になっているんじゃないかなと思っています。

 そして、このラーメンは化学調味料を使っていない、いわゆる無化調です。僕自身、食べ手としては無化調に特別なこだわりはありません。ただ、自分がラーメンを作る側になってからは、少し見方が変わりました。化学調味料に頼らず、素材だけでこれだけしっかりとうまみを感じさせる一杯を作るのは、やはり簡単なことではないんですよね。素直にすごいなと思います。

えびす屋の店内
えびす屋の店内

 このラーメンを作っている料理人は細谷英司さんです。僕は普段、尊敬の念も込めて「大将」と呼んでいます。年齢は僕より少し下ですが、料理人としてのキャリアはとても長い。何より風格があるんですよね。なので、僕の中では「細谷さん」というより、やっぱり「大将」がしっくり来ます。

 細谷さんは元々、鮨職人で、2014年に日本料理店「Mikura」オープンのためにジャカルタへ来ました。「店を開けるだけ」「3カ月」という約束だったのですが、ジャカルタに来て6日後に東日本大震災が起こります。「日本から何も食材が手に入らない」という非常事態になり、その時に、「ローカルの物を使ってクウォリティーの高い料理を作る」「なんとかして作ってやろう」というのが面白くなった、と話します。その後もジャカルタの高級鮨店「鮨昌」などで腕を振るってきました。

 えびす屋のラーメンは、前任の料理人が作ったレシピで、細谷さんは「自分が変えたのは油ぐらい」「今はほとんど、ローカルスタッフに任せっぱなしです」と言います。しかし、その「油ぐらい」がラーメンでは結構大きいんです。僕は常々、ジャカルタのラーメンで弱い部分の一つが香味油だと思っています。

 「和食の料理人なのに、どうしてラーメンの油がこんなにわかっているんだろう?」と、前々からそこがちょっと不思議だったんですよね。ところが今回、話を聞いてみると、細谷さんの父親は中華料理の料理人だったそうです。細谷さん自身も小学生のころから店を手伝わされていたとか。中華料理に欠かせない油を自然に考えられる背景にはこの経験もあるのかもしれない、と納得しました。

 えびす屋はラーメン専門店ではありませんが、僕にとっては、ジャカルタの醤油ラーメンの中ではかなり上位に入る一杯です。派手なラーメンではありません。澄んだ鶏スープに醤油ダレ、鰹油、そして角煮風のチャーシュー。どちらかと言えば昔ながらの醤油ラーメンです。でも、出汁をきちんと取り、そこに油で香りとうまみを加え、一つひとつは地味なんだけど、それぞれがちゃんと仕事をしているんですよね。

 個人的には、ラーメンのメニューがもう少し増えてくれたらうれしいなと思っています。まず食べてみたいのは塩ラーメン。今の澄んだ鶏のスープなら、塩でもきっとおいしいんじゃないかと思うんですよね。それから、味噌。日本料理を長くやってきた細谷さんなら、味噌の扱いもよくわかっているはずです。日本では定番ですが、醤油、塩、味噌と3種類そろったら、僕としてはかなりうれしい。大将、次は塩と味噌ラーメン、お願いします(笑)。

筆者(右)と細谷さん
筆者(右)と細谷さん

えびす屋 Ebisuya
Jl. Bandengan Utara Raya No.20, RT.1/RW.10, Pekojan, Jakarta, Kota Jakarta Barat, Daerah Khusus Ibukota Jakarta 11240
11:00〜14:30(ラストオーダー)、17:00〜20:30(同)

maps.app.goo.gl

エビスヤラーメン Ebisuya Ramen 8万8000ルピア

https://www.instagram.com/ebisuyabandengan/

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