インドネシア国内最大、東南アジアでも最大のモスク、イスティクラル・モスク。
トルコのブルーモスクのような装飾はないし、世界的な観光地というわけでもない。
しかし、訪ねてみると、いかにも「インドネシアらしい」モスクだった。
熱帯の気候に合わせた開放的で美しい建築に、和み要素と緩さもある。
観光客受け入れ態勢も整っており、「モスク入門」には最適かもしれない。

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 長くジャカルタに暮らし、その白くて丸いドームはしょっちゅう目にし、その横は数え切れないほど通って来たのに、一度もイスティクラル・モスクの中に入ろうと思わなかったのは、どうしたわけか。「ムスリムの礼拝する場所である」という、遠慮というか、ちょっと腰の引けた気持ち。そして、それを上回るほどの「観光地としての魅力」も持ち合わせていないように思っていた。時々目にするジャカルタの街中のモスクは、非常にシンプルな造りだったからだ。

 ビデオグラファーの城田道義さん、インドネシア人記者とともに、初めてのイスティクラル・モスク探検へ。
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 イスティクラル・モスクへは、普通のビルに入るのと同じように、駐車券を取って中に入る。知らなかったのだが、敷地内には川が流れている。ジャカルタの動脈であったチリウン川だそう。そびえるモスクと川に、日本の城と水堀を連想した。別に「攻める」も「守る」もないのだが。
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 目の前にどーんとそびえ立つモスクは、近くで見ると、圧倒される大きさだ。巨大な体育館のようだ。建物の構造はタテ、ヨコの直線が目に付く。壁は格子状になっていて、「階」と言えるのかわからないが、縦に積まれた格子の数を数えてみると11階建て。まさに「ビル」といった外観だ。
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 いくつかある入口には守衛がいて、そこから先が「聖域(Batas Suci)」になる。聖域に入る前に、靴を脱いで上がる。小さいモスクだと靴を脱いだらすぐに礼拝所だったりするのだが、イスティクラル・モスクはさすがに広い。建物内の全部が聖域(お寺に参拝する時に靴を脱ぐのと同じ、と思えば良いかも)。靴は脱ぐが、靴下は脱いでも脱がなくてもどちらでも良いそうだ。靴下が汚れるのを嫌って、一緒に脱ぐ人も多い。しかし、土足厳禁だし、掃除も行き届いているように見えた。
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 さて、脱いだ靴を手に、聖域へと足を踏み入れ、直進した所に「スーパーの荷物預かり所」「銭湯の下足番」的な、「靴の無料預かり所」がある。そこへ真っ直ぐ進んで靴を預けようとしたのだが、「隣へ行け」と言われた。
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 「隣」には、観光客専用の受付所があった。長いテーブルの後ろには「Selamat datang di Masjid Istiqlal」「Welcome to the Istiqlal Mosque」(イスティクラル・モスクへようこそ)とインドネシア語と英語で書かれ、観光客受け入れの態勢が整っていること、歓迎ムードが強いことに、まず、びっくり。

 客用の椅子の上では猫2匹が爆睡しており、和み要素も満載だ。思わず取材チーム全員が「岩合光昭さん」と化し、猫の写真を撮りまくっていると、「持ってく?」と言われた。イスティクラル・モスク生まれの猫って御利益がありそう、と、良からぬことを考えてしまう。そして、そんなことを言ってくれるほど、係の人はフレンドリーだ。
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 言われるままに、ゲストブック(普通のビルの入館で使う物とほとんど同じ)に、時間、日付、名前、職業、国籍、宗教を記載する。「宗教……日本人は『ブッダ(仏教)』か?」と慣れたもの。
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 ここで受付をすると、インドネシア人の一般参拝客とは違う、ちょっと特別扱いの「観光客コース」となる。ムスリムではない外国人は、自動的に、こちらのコースとなる。靴を預けたりガウンを借りたりといった、ちょっとした便宜を図ってもらえるほか、ガイド(モスクのスタッフ)が付く。最後にチップをいくらか渡すと良い。

 モスク内では肌の露出した服装はNGだ。私は下が長ズボン、上は七分丈ぐらいで、袖口から先が露出していたのだが、「大丈夫、問題ない」と言われた。女性が髪を覆ったりする必要はない。城田さんはTシャツに短パン姿だったのでNG。この場合、バリの寺やタイの寺でもやっているように、「正装用衣装」を貸し出される。

 導かれるまま、「ゲストルーム」へ。エアコンがあり、ドアにカギもかかるロッカールームだ。ここで、全員の靴も預かってくれる。城田さんが貸し出されたガウンは、日本のキモノ・スタイルで足元までをすっぽり覆う、てらてらした光沢のある茶色っぽい上衣。サウナやスパで着るガウンのよう。「暑い!」と城田さん。外国人観光客はこのガウン姿が多く、サウナ・ガウン姿でモスク内をうろうろしているのは、ちょっとおかしい。
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 それにしても、こんな貸衣装まであるし、観光客慣れしているし、対応の良さにはかなり驚いた。「中東のモスクだったら、こんなに歓迎してくれないのでは?」と城田さん。行ったことはないのでわからないが、ここなら誰でも入りやすい雰囲気であるのは確かだ。

 こうして身支度を調え、モスク探検へ出発。

 礼拝所へは、大理石の階段を上がる。昔の建築らしく、分厚い大理石がぜいたくに使われている。暖かい茶色がマーブル模様で混じった白い大理石が、本当に美しい。足触りも良く、冷たくなくてほのかに温かい。総大理石とは、ぜいたくではないか。
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 「資材はすべて、大理石とステンレス。木はすぐに腐るので使いません。大理石は東ジャワ産です」と、案内してくれた、広報課長のアブ・フライラ・アブドゥル・サラムさん。

 非常に開放的な造りであることも、目を引く。すべてがオープンエアで、エアコンがある部屋は一部しかない。しかし、風が通り抜け、涼しい。「インドネシアは熱帯の国なので、その気候を活かし、戸や窓はありません。自然に大気が循環する仕組みです」とのこと。このモスクを設計した建築家フレデリック・シラバン氏がクリスチャンであるのは、有名な話だ。
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 階段を上がってまず目に付くのは、「Exit」ならぬ、「Kiblat」(メッカの方角、すなわち礼拝の方角)の赤い標識。これは、ムスリムにとって非常に重要な物だ。そして、ジャカルタでのお祈りの時間を記した電光掲示板。毎日変わる1日5回の礼拝時間が掲示されている。まるで電車の時刻を表す電光掲示板のよう。時刻の下に「ニュース速報」のようにして流れる文字は、「お祈りの時は詰めましょう」といった、礼拝での注意点など。えらく近代化されていることに、びっくり。ただし、自動的に礼拝時間が掲示されるわけではなく、イスラム暦を見て、時間を手入力しておくそうだ。
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 いよいよ礼拝所(Lantai Utama)へ。1階の赤いカーペットが敷かれている部分は礼拝する人以外立ち入り禁止ということで、上から見学する。その壮大さには息を呑んだ。吹き抜けになった、広々とした空間。その天井には、宇宙へつながる空を想起させるような丸いドーム。ドームの周りを太い円柱が取り巻く。特に何の装飾もないのに、美しかった。円柱を走る縦の線、ドーム内側の細かい菱形模様、ドームを取り巻くアラビア文字、周囲の回廊と柱で構成される格子模様など、ほとんど「線」だけの美しさ。何の模様もなく、線だけで、こんなに美しい空間を作れるとは。大理石の温かい「白」が全体を包む。回廊からは自然の光が差し込んで来る。スズメも入ってきて、ドームの辺りで「チュンチュン」言っていた。
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 地球儀のようにも見える、中央から吊された球体は、実はあちこちに向けられたスピーカーだ。スピーカーは、安くて性能が良いと評判の、日本のTOA製。「インドネシアのモスクでは、アチェからパプアまで、TOAのスピーカーを使っていますよ」とアブ・フライラさん。ここは大理石なので、特に反響が良いと言う。

 この礼拝所の中には、実は、めったにない「お宝」がある。中央の時計の上に恭しく飾られている四角い布が、3月にインドネシアを訪問したサルマン・サウジアラビア国王の贈り物。メッカのカーバ神殿を覆う布「キスワ」の一部だ。キスワは毎年、新調され、これは取り替えられた布の一部だ。黒布に金糸で刺繍がなされ、重さは15キロ。純金! これを聞いた時、なぜか、われわれの頭の中には「ミッション・インポッシブル」のテーマ曲が流れたのだった。「取材で警備態勢を聞くのを忘れたね!」(冗談です)。
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 昼の礼拝の時間が近付き、人々が集まって来た。カーペットの横線は模様ではなく、礼拝で並ぶ時の線。緑色の服を着た誘導係が、スピーカーで「前へ詰めてくださいー。寝ている人は起きてくださいー」と叫んでいる。子供たちがバラバラと走って来る。
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 「カバンや物の持ち込み禁止」と注意書きにあるが、リュックサックなどを持って来て、隅に置いている人もいる。なぜか前へは詰めず、後ろの方で一人、礼拝している人もいる。女性の場所は左の端。女性は白い礼拝着ですっぽり頭から体まで覆う。この礼拝着は貸し出してくれ、更衣室もある。

 時刻になり、アザーン(礼拝への呼びかけ)が流れ始めた。「アッラーフ アクバル(アッラーは偉大なり)」で始まるアザーンは、何に例えればいいのだろうか。アラビア語の短調の歌? 憂いを帯びたような少し物悲しい音調に、アラビア語の深い響きが乗り、朗々と響く。イスティクラル・モスクのアザーンはさすがの美声だ。広い礼拝所がアザーンで満たされ、祈りと信仰の空気が充満する。
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 アザーンが始まると、人々はさっきよりも急いで入って来て、前列に進んで詰めて場所を占める。めいめいが礼拝をしてから、集団礼拝を待つ。それから、イマームの主導により、集団礼拝。立つ、上体を曲げる、座って額づく。その繰り返しで、意外にシンプル。何か特殊なことをしているわけではない。そして、終わり方も意外にあっさりしており、礼拝が終わったら、イマームの説教は続いているのだが、さっさと礼拝所を後にしていく人が多い。

 この時は普通の日だったので、8列ほどが埋まっただけだったが、金曜礼拝の時はいっぱいになる。入りきらない場合、礼拝所を取り囲む5層の回廊を使う。回廊にも一部、赤いカーペットが敷いてあり、踏むとふかふかだった。カーペットがなければ、持参のカーペットを敷いても、新聞紙でも、頭の所にハンカチを置いても、何でも良い。

 回廊も埋まったら、外のテラスを使う。赤レンガが敷き詰められたテラスにも、線が引かれている。これは礼拝の時の1人分のスペース(60センチx100センチ)を示す物。ただのだだっ広い広場に見えるのだが、すべて、礼拝のための場所なのだ。モスクとは礼拝所なので当然だが、非常に機能的に、「礼拝する」ための機能を備えていることを改めて感じる。
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 1日5回の礼拝は義務だが、それ以外の好きな時間に礼拝するのは自由だそう。イスティクラル・モスクは、朝の礼拝が始まる1時間前から夜9時半まで開放している。 

 続いて、アブ・フライラさんが案内してくれたのは、巨大な太鼓。アザーンの前に、太鼓を鳴らしたりするし、インドネシアで太鼓はイスラムの象徴のような存在だ。しかし、これは、インドネシア固有の文化なのだと言う。インドネシアで昔から踊りや歌の伴奏に使われていた太鼓を、イスラムの礼拝に取り入れたものだと言う。
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 「イスラムはインドネシアへ、武力で入って来たのではありません。武力によってイスラム化されたスペインのような国は、すぐにイスラムではなくなりました。しかし、インドネシアへは、インドネシアの伝統や文化を尊重し、融合する形で入ってきたのです」。その象徴がこの太鼓だ、とアブ・フライラさんは誇らしげに語る。
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 アブ・フライラさんが去った後、自分たちだけで回廊をぶらぶらした。壁越しに独立記念塔(モナス)が見える。回廊の絨毯の上に寝そべって、くつろいでいる人たちもいた。とても気持ちの良い空間なのだ。
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 回廊に、イマーム用の説教台があった。見ていると、インドネシア人記者のE(ムスリマ)が説教台に上って行き、台上から片手を挙げて、説教をするまねをする。「怒られるぞ」とひやひやした。
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 もちろん礼拝の作法や礼儀は守らないといけないが、意外な緩さもある。そうガチガチに硬く考えなくていいのかもしれない。

 土産物店には人がいなかったが、コーランが山積みにされていたほか、香油やお祈りの道具が売られていた。
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 「食堂はないか?」と聞くと、外にあったが、ごく普通のカンティーンだった。

 お土産物商売や門前町的な商売もほとんどされていない様子。観光スポットとしては少し物足りないのだが、そんな不信心なことを言っていてはいけないだろう。モスクの体験としては、大満足だった。
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●イスティクラル・モスク
収容人数20万人、東南アジア最大のモスク。1978年2月22日、スハルト元大統領により開設された。「イスティクラル」とは「独立」という意味。インドネシア政府が運営しており、宗派的には中立。朝のお祈りの1時間前〜21:30に一般開放。