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文・写真…鍋山俊雄

 

 アルファベットの「K」に似た形をしたスラウェシ島。スラウェシ島中部、中部スラウェシ州の旅を2回に分けてご紹介する。1回目は「不思議な石像遺跡を巡る旅」。

 インドネシアでの大きな遺跡は、ジョグジャカルタのボロブドゥール遺跡を筆頭に、ジャワ島やスマトラ島にある仏教やヒンドゥー教の遺跡が中心である。ジャワとスマトラ以外の島では、オランダやポルトガルが占領時に建造した砦(benteng)が中心になる。これは、マルクやパプア地域まで広がっている。これらはいずれも、宗教や戦争のための建造物。ところが、中部スラウェシ州で見られるのは、人や動物を模した石像だ。

 中部スラウェシ州の州都パルとポソの間の南方に、「ロレリンドゥ(Lore Lindu)」という国立公園が広がっている。日本の岐阜県と同じぐらいの広さだ。ここでの注目は、インドネシアでも珍しい巨石遺跡(Megalith)だ。

 海外の考古学者も含めて調査が行われているが、いつ、誰が、何の目的で造ったのかには、諸説あるらしい。建造は紀元前3000年ごろという説から、イースター島のモアイ像と同じ14世紀ごろ、という説まであるらしい。

 石像は、男女の人型や、水牛、猿などの動物と思われるものが多い。謎めいた石像が、この広い公園地域内に500以上もあるとのことだ。石像は各地に点在しているため、短期間の旅行の場合、その中のいくつかに絞ってアクセス等を考える必要がある。

 以前、南スラウェシ州トラジャを旅行した時のガイドに連絡して、ロレリンドゥを知っているガイドを紹介してもらった。このガイドさんと、まずは打ち合わせ。ロレリンドゥには、パルから南下して行く方法と、公園の東側に当たるポソから行く方法がある。いくつかの代表的な石像を見られるように、ポソ経由のルートで行くことにした。移動に時間がかかるため、ジャカルタからは最短でも3泊4日は必要だ。

 ジャカルタからマカッサルまで飛行機で2時間。そこでウイングズ航空のプロペラ機に乗り換えて、約1時間半でポソに着陸した。そこから車で2時間ほど南下し、テンテナ(Tentena)という町に到着した。琵琶湖の半分ぐらいの大きさがある、ポソ湖のほとりにある。

ポソ湖の眺め

 テンテナの街を、ポソ湖を眺めながら散策した。この街はウナギが有名だという。街の中心の公園にあるモニュメントも、ウナギをあしらったものだ。夕飯は、ポソ湖に流れ込む川の岸辺にあるレストランで焼き魚を堪能した。

 翌朝にガイドと合流し、テンテナを車で出発した。目指す国立公園内にあるボンバ(Bomba)村までは、山道を走りながら、およそ2時間半の道程だ。道すがら、所々で珍しい物を見ながらのドライブとなった。生い茂っている森の高い木の梢では、カラフルなサイチョウ(Hornbill)を見た。

食虫植物

 山中の道は、今では舗装されているが、所々に崖崩れの跡があり、道路の状態に注意を払いながら車を進めていく。舗装される前は、同じ道ながら、倍の5時間以上がかかっていたそうだ。

ボンバへの道からの眺め

 こうした中、いきなり渋滞が発生した。前方を見ると、沿道の木が横倒しになって道路をふさいでいる。どうしたものかと思っていたら、バイクに乗ったおじさんがノコギリを持って登場。手際良く、倒木を切り始める。居合わせた車やバイクの運転手も協力して、木のツルを使って引き倒したりして、小一時間で、車が1台通れる幅の通路を確保。ようやく通り抜けることができた。

通れるようになりました

 到着したボンバは小さな農村で、大きな建物といえば、広場の前の目立つ教会のみ。辺りには水田が広がっている。民家の庭の一角に部屋を増設した宿に、昼過ぎにようやく着いた。

ボンバでの宿

 一休みした後、早速、周囲の石像巡りを開始した。最初の石像は、村はずれの田んぼの中にあった。遠くに山を望み、広々と広がる水田の間のあぜ道を15分ほど歩くと、水田の一角に突然現れる。建物も柵も、説明文もない。ただ、地面に横たわっているのは、水牛の石像「Megalitik Kerbau」だ。

水田のあぜ道を歩く

 筋の通った鼻梁に二つの目があり、石像の下部分は地中に埋まっている。この状態で数百年(または数千年?)、ここにあったのだろうか。周りが水田なので、何年経とうと周りの風景はあまり変わっていないのではないか、などなど、想像が膨らむ。

 二つ目の石像は、人型の石像「Megalitik Loga」だ。高さは私の身長とほぼ同じ。石像の周りの草は刈り込まれており、小高い丘にポツンと立っている。目前には、見渡す限りの草原と山が広がる。

 昔はここに宮殿があったという説もある。この石像の前には、いかなる文明が発達し、そして、今の草原に変わっていったのだろうか。

 初日の最後は、村はずれのカカオ畑を通り抜けた所にある、これも人型の石像「Megalitik Langke Bulawa」。恐らく女性だろう。顔つきが優しい気がする。森の中にひっそり立つ。この石像も、ずっと昔からこの地にあったのだろうが、どのような経緯でここにあるのだろうか。

 翌3日目は、昼過ぎにはテンテナに戻る予定なので、昼までの探訪になる。朝から徒歩で、まずは宿の近くのサロカランガン川にかかる吊り橋を渡り、集落を通り抜け、カカオ畑を越えて、さらに延々と草原の中を歩く。

隣の村へ橋を渡っていく

 およそ1時間半歩いたところで、初めて観光地らしく、石像の名前が記された簡単な看板が立っている、大きな石像「Megalitik Palindo」に到着した。

 高さ3.5メートルほどの巨大な男性型の石像で、正面から見ると、右に傾いている。ガイドの話では、建造後に傾いたのではなく、初めから傾けて建造したという。顔のほか、性器と思しき模様が付いている。石像の左側に立ち、石像を手で支える形で、お約束の記念写真を撮った。

 最後の5つ目の石像は、民家の裏の田んぼの中にある。休耕田の中にポツンと、小型の猿の石像「Megalitik Oba」があった。

 これらの形のはっきりした石像のほかにも、民家の裏には、井戸のような形をして割れている石像や、何かの動物像の背中のような岩がいくつか見られた。

 石像は基本的に、特に柵で囲ったりすることなどなく、草を刈り込んでいるのみだ。観光の対象として過剰に整備することなく、周囲の生活風景に溶け込んでいる。そうした中で、積み重ねてきた時間に対する想像をかきたてる、理想的な保存の仕方かもしれない。

 昼からまた来た道を引き返し、ポソ湖の街のテンテナまで戻る。今度は倒木もなく、時折、野生の猿やサイチョウを眺めながらのドライブだった。

帰路に見えてきたポソ湖

午後4時ごろにはテンテナの街に戻った。焼きウナギを食べられるレストランが休みだったのが残念だった。翌4日目に、テンテナからポソ空港まで車を走らせ、飛行機でジャカルタに戻った。

 旅行中、ガイドに「インドネシアのほかの地域に、このような石像はないのか?」と尋ねたところ、「スマトラ島南部地域で、同様の石像があるらしい」と話していた。

 後日、南スマトラ州パレンバンの博物館で、石像のコレクションを見る機会があった。博物館に集められていて、ロレリンドゥのように「元々あった場所での保存」ではないので、いまひとつ、想像力をかきたてられないのが残念だった。ロレリンドゥの石像は、引き続き、「開発し過ぎる」ことなく、今のままで維持されることを願いたい。