Yuni
インドネシアでの女性の社会進出は日本より進んでいる面もあるが、首都ジャカルタを除いた大部分の地方では、いまだに本作のような実態が続いているのも現実。女性監督らしく、十代後半から大人の女性になろうとする主人公の心理面だけでなく、日常生活のきめ細やかな描写が新鮮で的確だ。国内外の映画祭で高評価を受けた。
文:横山裕一
今年のインドネシア映画祭で14部門ノミネート、最優秀主演女優賞を獲得し、2022年の米アカデミー賞外国語作品賞への出品作としても選ばれた話題作。卒業間際の女子高生ユニが大学進学を夢みながらも、特に地方で根強く残る男性優位の社会因襲による女性の早期結婚風潮などとの板挟みに悩む姿が等身大に描かれている。
舞台はジャワ島西端のバンテン州セラン。両親が出稼ぎのため祖母と二人暮らしのユニは成績優秀で奨学金による大学進学を目指す。しかし唯一国語(インドネシア語)が苦手で、信頼する担当教師による補修をこなす。そんな中、突然近所の青年らよく知らない二人の男性から次々と求婚の申し込みが来てユニは戸惑う。夢のためユニは2つの求婚を断るが、その頃から彼女の周辺で噂が立ち始める。地域で古くから伝わる因習でもある「女性が2回求婚を断ると、二度と結婚出来なくなる」というものだ。
両親はユニの意思を尊重するが、クラスメートが意志に反して在学ながら結婚せざるを得なくなるなどの事件も起き、ユニの心は揺れる。しかし、追い打ちをかけるように思わぬ男性からユニは結婚を申し込まれる。夢と結婚、まことしやかに信じられる地域の因習。狭間に立たされたユニは自ら結論を出さざるを得ず苦悩する……。
本作ではインドネシアの地方に多く残る、男性の一方的な意思が尊重され、女性は早く結婚しなければならないという男性優位の結婚観の実情が浮き彫りにされている。日本では現在、学業終了後働く中で相手を見つけて結婚するというように、いわゆる心身ともに大人になってからの結婚が一般化しているが、かつてはインドネシアと同じような風習だっただけに理解しやすい事象だ。
ユニが因習の狭間に立たされるのを際立たせるように十代後半の少女が等身大に描かれる。大人の友人が経営するサロンに足繁く通ってはおしゃれを楽しんだり、友人との噂話から性にも興味を持ち始めるユニ。一方で、サロン経営の友人が結婚に失敗した経験談や意に反して結婚を余儀なくされたクラスメートが式場で流す涙、さらにはシングルマザーなど、少女から大人へと移行する中で女性が向き合うことになる結婚にまつわる問題が身近なものとなっていく。
本作品の監督は若手の女流監督、カミラ・アンディニ監督で、インドネシアを代表する巨匠、ガリン・ヌグロホ監督の娘でもある。女流監督らしく、十代後半から大人の女性になろうとする主人公の心理面だけでなく、日常生活のきめ細やかな描写が新鮮で的確だ。冒頭、高校の制服であるジルバブ(ヒジャブ)を被る丹念なシーンから始まり、男性監督では描かないと思われる生理用品を取り付けるトイレシーンまで、一貫して女性を意識した制作意図が窺える。
インドネシアでの女性の社会進出はある意味日本よりも進んでいる部分もある。ジョコ・ウィドド第2期政権でいえば、閣僚に6人もの女性が名を連ね、2021年12月上旬に発表された民間世論調査では「優れた仕事ぶりの閣僚」上位2人を女性閣僚が占めた。企業幹部でも女性の占める割合は日本よりも確実に多い。しかし、その一方で首都ジャカルタを除いた大部分の地方では、いまだ「ユニ」の世界のような実態が続いているのも現実であり、本作品は現代を生きる女性のあるべき姿は何かという問題を投げかけている。
また、作品では地方に生きる十代女性、社会をより写実的に描くため、全編現地の言葉であるジャワ語(セラン・ジャワ語)が使用されている。面白いのは、物語の主軸からは外れるが、元気の良い勢いあるおばちゃんたちが井戸端会議をしているシーンだ。マシンガンのようにジャワ語を繰り出し喋りまくる姿は、大阪弁で捲し立てるおばちゃんたちを彷彿とさせる。ジャワ語を介さないインドネシア人を含め、鑑賞者はインドネシア語字幕を読み続けねばならないが、ジャワ語を使う地方のありのままの姿、雰囲気を味わうのにも大きな効果を生み出している。
国内外の映画祭で高評価を受けている作品だけに、苦悩の末にユニが選択した結末を是非とも劇場で鑑賞していただきたい。コロナ渦中に制作されたものの公開できなかった作品群が、最近、映画館再開とともに一気に上映されている。前回紹介した「怨嗟のごとく、恋慕は完済されるべし」(Seperti Dendam, Rindu Harus Dibayar Tuntas)など話題作が目白押しに上映中だ。
さらに、本作「ユニ」のカミラ・アンディニ監督の父親である巨匠ガリン・ヌグロホ監督作品(ヘストゥ・サプトゥラ氏と共同監督)のコメディ映画「大統領の自転車」(Sepeda Presiden)も控えていて、楽しみは続きそうだ。