文・横山裕一

 

 インドネシア独立宣言74周年にあわせて公開された、巨匠プラムディア・アナンタ・トゥール原作の映画「人間の大地」と「追跡」。このうち「追跡」が予想外にも1週間足らずのうちに公開終了となってしまった。しかし、「追跡」は日本人であれば是非知っておいてほしい、そして今後何かの機会があれば是非観ていただきたい作品なので紹介したい。

 プラムディア原作の映画「人間の大地」がオランダ植民地の支配下で受けた不条理から、人間として、民族としての自我の形成を描いたものとするならば、本作「追跡」は日本軍政の占領下で抑圧された現地民族が我々は何かと問い、闘い、答えを見出そうとする、いわば日本を相手とした「人間の大地」ともいえるものだ。

 原作は旧日本軍が当時の東インド(現在のインドネシア)を占領して約2年が経った1945年2月14日、現在の東ジャワ州ブリタールで実際に起きた、「ブリタール郷土義勇軍(PETA)反乱事件」をもとに創作された。日本敗戦後に起きたオランダに対するインドネシア独立戦争中、オランダに逮捕されたプラムディアが獄中で書き上げた小説である。

 映画の舞台は中部ジャワ州ブロラ。主人公のハルドはブロラの日本軍本部で郷土義勇軍(PETA)の小団長を務めていた。郷土義勇軍とは日本軍が地元住民で組織させた民族軍である。ハルドたちは、ブリタール郷土義勇軍がスプリヤディ小団長を中心に密かに進めていた日本軍反乱作戦に参画しようとする。日本軍政下で一方的に命令を受ける日々、過酷な労働を強いられる人々。

「俺たち民族は一体何なんだ!」ハルドは叫ぶ。

 反乱決行の日、ハルドたちはブリタールの同志に合流しようと軍用車で宵闇に紛れて移動を始める。しかし、作戦は日本軍に既に知られており、山中にさしかかったハルドたちは日本軍から送られた兵に攻撃を受け散り散りとなる。

 ここからハルドたちの逃亡生活が始まる。木の実などで食いながらえ、時には洞窟に潜む日々。執拗な日本軍の追跡。原題の「Perburuan」の意味のごとくまさに「狩猟」のように追いかけられる。親、恋人、民族のために起こした行動、裏切り、自分が追いつめられた現在の状況…日々、様々な想いを巡らせるハルドの髪は伸び、身はやつれていく。

 ついに故郷のブロラに辿り着くハルド。故郷には両親が、許嫁がいる。身の丈以上のトウキビ畑に身を隠すが、直ぐに日本軍に知られるところとなる。畑での父親との再会、拷問や娘に被害が及ぶのを恐れた許嫁の父親の裏切り、そしてついに逮捕されるハルド…。

 日本軍憲兵隊員、尋問を受けるハルドの許嫁親娘、ハルド追跡を担当したハルドの郷土義勇軍の元仲間、連行されてくるハルドたち。それぞれが想いを抱えながら一同が会したその時、住民達が叫びだす。

「インドネシアが独立宣言したぞ!」

ドラマは急転するも、悲劇的な終局を迎える。

 映画の冒頭、日本国旗掲揚で始まり、ラストシーンではインドネシア国旗がはためいて終わるのが象徴するように、日本人にとっては過去の歴史認識を改めて深める意味でも、示唆に富んだ作品である。かつて日本映画「ムルデカ」が公開されて以降、「日本はインドネシアの独立を手助けした」という面のみが先行してしまいがちな中、日本人の再認識に一石を投じてくれる作品ともいえる。

 監督はリチャード・オー氏。シナリオだけで2年間を費やしたように、この作品への意気込みは大きかったという。「この映画に対する一番の挑戦は、インドネシア独立という大転換期に際して、そして戦争に際してのヒューマニズムをいかに描くかだった」と話している。

 抵抗、裏切り、努力、挫折、失望といった、様々な人々が多くの事態に直面し追いつめられた時、それぞれの心中の明暗、複雑さを描きたかったという。それがリチャード監督の言う「原作に込められた、ヒューマニズムと正義とは何か」を問うことなのだという。

 人間同士の争いはいつの時代でも起きる。一昨年のジャカルタ特別州知事選挙や今年の大統領選挙でも、宗教や民族などの違いを政治利用した誹謗中傷が横行し、市民や国民の心に大きな分断を作ってしまった。多様性国家が特徴のインドネシアがなぜ今、多様性の大切さを叫ばねばならないのか。この作品を通して監督によるインドネシアの人たちへのメッセージは、この時期だからこそより強く伝わってくるようだ。

 逃亡を続けた主役のハルド役を演じた、アディパティ・ドルケン(28)は若手の実力派二枚目俳優。報道によると、本作と同日公開された「人間の大地」の主人公ミンケ役を長年熱望していたとのこと。残念ながら年齢的にもよりミンケに近いイクバル・ラマダン(19)が選ばれたが、ドルケンは4年前からリチャード監督に本作「追跡」の主役を依頼されていたという。

 それだけに、逃亡の最中の熱演は光っている。正義の信念をもった行動が挫折し、失望、希望への努力など自問自答に苦しみ続ける日々。洞窟に潜む暗闇で、一本一本マッチの明かりに浮かび上がる彼の表情は見応えがある。

 また逃亡の果てハルドが故郷に戻り、身を隠したトウキビ畑の掘建て小屋で父親と再会する夜のシーンも印象深い。恐らく噂でハルドが近くで隠れているのを父親が聞きつけたのだろう。しかし、お互いに知らぬ者同士の振りをして会話する。第三者が聞き耳を立てている可能性を警戒するため、お互い抱き合う事もできない。

 父親がゆっくりと話しだす…
「私の妻は息子の事を想いながら死んでしまった」
声は出さぬものの、暗闇に大きく目を見開くハルド。

 皆のためと自分が起こした行動が、病床の母の命まで。ハルドの苦悩は深まる。何のための反乱だったのか…。胸の締め付けられるシーンだ。

 ドルケンは2015年公開の映画「ジェンドラル・スディルマン」で独立戦争の英雄・スディルマン将軍を好演しているが、偶然にもここでも逃亡の日々の役柄だった。

 オランダとの独立戦争は結果的にインドネシアが勝利し、独立を勝ち取ったが、実際の戦闘では質量ともに武器が上回るオランダ軍が優勢だった。独立への希望の象徴、スカルノ、ハッタはオランダ軍に捕まり、独立軍の最後の砦としてスディルマン将軍が相手軍門に下らない事が独立軍の士気を保つ事だった。

 同じ逃亡劇でも、ドルケンが演じたスディルマン将軍と「追跡」のハルドとでは大きく違うのが興味深い。苦悩するハルドに対して、スディルマン将軍は独立を勝ち取る信念をむき出しにし続けた。味方兵が減っていく中、自ら病にも冒される。しかし、眼光鋭く一点を見つめながら、逃亡のための一歩を踏み出す。ドルケンの演じ分けを見比べるのも面白い。

 余談ながら、いい作品だけにどうしても残念だったのは、じゃかるた新聞の映画評でも指摘されていたが、日本人の描き方があくまでも「インドネシア人を通した日本人」になっていることだ。言葉も日本兵が「こっちへ来い」と命令する場面で「こっちへ来て」と言ってしまったり… インドネシアの観客には全く気に留められない点かもしれないが、この映画は日本人にも是非観てもらいたい作品だけに、もう少しリアリティさを深めてもらいたかった。

 ただ、ラストシーンで心ならずも主人公を裏切った郷土義勇軍の仲間が思わず「ハイッ」といってひざまづくシーンは、悲しいかな、いつの間にか身に付いてしまった日本兵の習慣が追いつめられた感情の極みに心ならずも出てしまう様子がよく伝わっていて、印象に残るいい場面だ。

(さらに余談で言うと、2016年公開の映画「ウィンター・イン・トウキョウ」は、日本とインドネシアのハーフの女性と日本人男性による東京を舞台にした恋愛ストーリー。俳優が両者ともインドネシア人なのはいいが、ほぼ全編に多用される日本語はたどたどしく、一部使い方もおかしい。さらに常にペコペコお辞儀をしながらの動作も不自然で、インドネシア人からはこんな風に日本人が見えるのかと悲しくもなった作品である。)

 2019年8月、「追跡」「人間の大地」とプラムディア作品が初めて映画化され公開されたのは、インドネシアとしてはエポックメイキング的な出来事である。言論統制のスハルト政府による発禁処分が解かれ、2006年に25年ぶりに再発刊されたプラムディア作品。そして約15年の時を経て、映画として再登場した。

 大手配給会社のファルコンは独立記念日のある今年8月を、「プラムディア月間」として意義あるものとして盛り上げるため、観客が散漫になる事を恐れずに2本とも同時上映したという。この機会に是非とも巨匠プラムディアの世界、魂に触れていただきたい。

 

予告編

https://www.youtube.com/watch?v=v6K4H1VPR9U

 

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