「身内に死なれて得た幸福」 家族が亡くなると周囲が優しくなる?! 内気な青年の策とは 【インドネシア映画倶楽部】第94回

「身内に死なれて得た幸福」 家族が亡くなると周囲が優しくなる?! 内気な青年の策とは 【インドネシア映画倶楽部】第94回

Tinggal Meninggal

「コミュニケーション症候群」といった言葉とは無縁そうにみえるインドネシアでも、人間関係が変化し始めていることを感じさせる作品だ。「トゲある丘で囲まれて」での凶暴な高校生役とは180度違う役を好演する、主演のオマラ・エステグラルに注目。

文と写真・横山裕一

 2024年のスーパーヒット映画「他とは違う」(Agak Laen)などを生み出した、エルネスト・ファミリーの新作コメディ作品。タイトル原題を直訳すると、「(他の人に)死なれて(この世に)残される」だが、若干作品内容を入れて表題のタイトルにさせていただいた。ソーシャルメディアでは原題の略称「ティンニン」(TINGNING)で話題にのぼっている。

 物語の主人公ゲマは内気で少年時から友人もできず、20代に成長しても会社のオフィスでは同僚にも相手にされない孤独な存在だった。子供の頃に両親は離婚して父親が去り、のちに母親も新たな伴侶を得て家を出て行き、以降ゲマは一人暮らしだった。

 ある日、父親の訃報が届く。ゲマは葬儀に参列するが、すでに長い間会っていなかったためかあまり悲しみは湧かなかった。忌引明けに会社に出勤すると、これまでほとんど関心を寄せなかった同僚たちがゲマを気遣い、優しく声をかけてくれたり昼食に誘ってくれたりした。ゲマは戸惑いながらも心が湧き立ち始める。急に友達が、仲間ができたようで、喜びで満たされたからだった。

 しかし、数日経つと同僚たちは以前のようにゲマに無関心な状態に戻ってしまった。束の間の幸せが消えてしまい、悩んだゲマは同僚から再び関心を寄せてもらいたいため、今度は祖父母が亡くなったと嘘をつこうと思いつく……。

 身内を亡くしたと嘘をついて笑いに転じるブラックユーモアが本作品の軸でもある。日本の人気映画「釣りバカ日誌」シリーズでも主人公の浜ちゃんが釣り旅行に行きたいものの会社での有給休暇を使い切っているために、親戚が亡くなったことにして忌引休暇を取るのと同じく、定番ではあるがつい笑ってしまうコメディ手法だ。

 このように本作品では、「身内を殺して」でも人との触れ合いを求めたいという、現代の都市社会で生きる孤独な青年を描いているが、「コミュニケーション症候群」といった言葉とは無縁そうにみえるインドネシアでさえこうした作品が生まれるところに、近代都市化、デジタル社会が進む中、インドネシア社会でも確実に人間関係が変化し始めていることを感じさせる。

 本作品での注目点は主人公ゲマを演じたオマラ・エステグラルの演技だ。わずか4カ月前に公開された映画トゲある丘で囲まれて」(Pengepungan di Bukit Duri)では凶暴な高校生を見事に演じたが、今回は180度転じた役を好演している。前作では憎悪や怒りに満ちて見開かれた目が、今回は同じ大きな目でもあどけなく、どことなくとぼけたように見えてしまう。今後の活躍が期待できる若手俳優だ。

 作品冒頭から「あれ?」と思わせるシーンがサービスされていることから始まり、終盤、思わぬ展開に驚くものの、最後にはコメディらしい結末がちゃんと用意されていて、終始安心して楽しめる作品だ。是非、劇場で笑っていただきたい。(英語字幕なし)

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横山 裕一(よこやま・ゆういち)元・東海テレビ報道部記者、1998〜2001年、FNNジャカルタ支局長。現在はジャカルタで取材コーディネーター。 横山 裕一(よ…
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