母なき屋台をどう守る? チレボン名物料理が登場 「光を失った家」 【インドネシア映画倶楽部】第113回

母なき屋台をどう守る? チレボン名物料理が登場 「光を失った家」 【インドネシア映画倶楽部】第113回

Rumah Tanpa Cahaya

「ヌル母さんのウンパル・グントン」という名の屋台を出していたヌル母さんが突然、亡くなった後。家族のいさかいや屋台を守ろうとする奮闘を描く。インドネシアの家族関係が変化しつつあることに対する警鐘なのか、最近立て続けに公開されている「母」をテーマにした作品のひとつだ。

文と写真・横山裕一

 母親として、妻としての女性の偉大さを感じさせるハートウォーミングストーリー。ジャカルタで食堂を営む低所得家族の物語は観る者を惹きつけ、食堂の唯一のメニューで、西ジャワ州チルボン名物のスープ料理、ウンパル・グントン(Empal Gentong)が食べたくなる作品。

 物語の冒頭はヌル母さんの忙しい一日が描かれる。午前1時に起きて次男を連れて伝統市場に食材を買い出しに行き、帰宅後は早速、屋台で出すスープ料理、ウンパル・グントンの仕込みに入る。明け方、夫や長男、次男を起こして朝のお祈りを済ませ、朝食を振る舞う。そして、日中は家族4人で繁盛する屋台を切り盛りする。多忙ながらもヌル母さんは夫のコマルや長男サムスル、次男アジジにいつも穏やかに優しく接し、家族の気持ちを一つに繋ぐまさに「光」だった。

 ある日いつもと同じように午前1時に目覚まし時計が鳴る。いつまでも鳴り続ける時計をいぶかった家族が母親の部屋を覗くと、ヌル母さんがお祈りでうつ伏せたままの状態で死亡していた。悲しみに暮れる家族。

 家族は悲しみだけでなく、途方にも暮れてしまう。屋台の売り物であるスープを誰も作れなかったからだ。試しに3人がそれぞれ調理してみたが、どれも食べられたものではない。仕方なく一番まともだった次男のスープで開店したが、不評でたちまち店は閑古鳥が鳴き始める……。

 作品では母親、妻の存在の大きさを実感させるとともに、家族の「光」を失った途端、いかに家族がもろくもぎこちなくなってしまうかが描かれている。焦りや不安に伴ういさかいや無気力感。大家族制度が続いてきたインドネシアでもジャカルタなど都市部では核家族化が進んでいる状況の一端が、そしてその脆さが描かれる。

 2026年に入って、母親をテーマにした作品が立て続けに公開されている。1月公開の「母のいない明日」(Esok Tanpa Ibu)をはじめ本作品、そして今月さらに2本が予定されている。これらは近年、家族内での殺人事件が増えるなど、家族間の親密な関係が希薄になってきたことに対する警鐘であるかのようにもみえる。家族を特に重要視してきたインドネシア社会での異変に対する反動ともいえるかもしれない。

 本作品の屋台名が「ヌル母さんのウンパル・グントン」であるように、インドネシアの屋台では頻繁に「○○母さんの△△(料理名)」(△△ IBU ○○)という店名を見かける。インドネシアでは定番の屋台命名法でもある。一家を支えるために得意料理を、主人の給料だけでは足りない家計の足しに、あるいは女手一つで子供たちを育てるために。普段目にする屋台一つ一つにも、本作品のようにさまざまなインドネシア経済社会の現状を反映した物語、ドラマがあるのだろうと想像を掻き立てられる。

 本作品では、恋人が親に会って結婚を申し込むよう促すものの、屋台の窮地にそれどころでない次男、客を増やすため色気を振りまく女性を給仕に雇う長男、妻の面影を偲んで無気力な父親と、歯痒さを感じる一方でヌル母さんの苦労を見ているだけについ応援しながらのめり込んでしまう。

 最後にやはりヌル母さんの偉大さを改めて実感する物語を是非、劇場でご覧いただきたい。(英語字幕なし)

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横山 裕一(よこやま・ゆういち)元・東海テレビ報道部記者、1998〜2001年、FNNジャカルタ支局長。現在はジャカルタで取材コーディネーター。 横山 裕一(よ…
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