Tengkorak
インドネシア初の本格的なSFサスペンス。ガジャマダ大学の教授が制作したインディーズ映画で、日本アニメ「エヴァンゲリオン」を彷彿とさせる衝撃のラストシーンに至る。
文・横山裕一
2018年10月、インドネシア人の間でさえ殆ど知られることなく、あるインディーズ映画が全国公開され、その短い上映期間を終えていった。しかし、人知れず埋もれていってしまうにはあまりにも惜しい、そして魅力ある作品だったためこの場でお伝えしたい。
「常識が覆された時、人間は本能的にそれを打ち消す方向に動きがちである」—— 映画「トゥンコラック(ドクロ)」はそんな人間行動へのアンチテーゼもはらんだ、インドネシアでは珍しい本格SFサスペンス映画である。何といっても冒頭から発想が奇想天外で驚かされる。
2006年、古都ジョグジャカルタを中心に襲った大地震。多くの犠牲者を出した大災害(ここまでは事実)は、とんでもない「余震」まで残していった……。ジョグジャカルタの山間部、ある老人が岩に腰掛けて丘を見上げ続けていた。眼鏡越しのその瞳はじっと動かない。彼の視線の先には、地震で土砂が崩れてむき出しになった巨大な頭蓋骨が姿を現していた!
このニュースはインドネシアはおろか全世界でたちまち議論の的となる。頭蓋骨の大きさから推定身長は実に1850メートル、しかも17万年も前のものとされた。人間なのか? だとしたら人間の起源とは? 我々はどこから来たのか? 従来の定説が覆される事象に科学界だけでなく社会、宗教界、各国政府に激震が走る。インドネシア政府は調査組織を立ち上げ研究所を建設、各国の研究者も交えて調査分析を始める。巨大頭蓋骨が発見された一帯は厳重に封鎖され、小銃を携えた国軍や警察が物々しく警備にあたる。「発見物」もコンクリートの厚い壁に覆われる。
主人公は研修生として研究所のレストランで働く女子大生アニ。休憩時に提供する珈琲がきっかけで、ある外国人研究者と親しくなる。しかし、穏やかに時が流れていた研究所も、政府の事実隠蔽の方針決定で一変する。特殊部隊が次々と研究者や関係者を口封じのため抹殺していく。アニも命を狙われたが、命令に反した一人の特殊部隊員が彼女を守って共に逃走を試みる。幾度も危険を乗り越え彼女は逃げ切るが、知らぬうちに「発見物」に関する「重大な秘密」を外国人研究者から託されていた事に気づく。テレビニュースは政府が「発見物」を爆破処分することを報じる。政府に「重大な秘密」を伝え爆破処分を止めようとするアニ。果たして思いは届くのか、そして再び奇想天外なエンディングが訪れる……。
物語の発端である巨大頭蓋骨発見はまさにSFであるが、その後の展開は不測の事態に対する人間あるいは組織が実際にとりうる行動としてシミュレーションされているところに観客を惹き付ける要因がある。劇中、情報が少なく多少事実関係に戸惑う部分はあるものの、冒頭の驚き、息をつかせぬアクションシーン、さらに驚きのエンディングととても見応えある作品だ。実際、アメリカの映画祭などで賞をとった上、国内の映画祭でも名だたる監督らから高評価を得ている。地元紙ジャワポスも「インドネシア映画の『型紙』となりうる」と新ジャンルへの期待を表している。
同国でのSFサスペンス映画はごく稀で、近年では2017年に上映された映画「地獄の門」(Gerbang Neraka)くらいではないだろうか。これは西ジャワ州の山頂にある古代遺跡が、世界最古のピラミッドではないかとアメリカの研究機関が5年前に発表して当時話題を呼んだ事実をもとに作られたSF作品。古代人が地獄へ通じる門を封印した遺跡だとして、考古学者やタブロイド紙の記者が秘密を暴いていく奇抜な魅力あるストーリーだった。しかし残念な事に、映画の約3分の1が地獄の門番ならぬ怪物が関係者を次々と襲うといった、ホラー映画的要素で占められていた。その意味でも映画「トゥンコラック(ドクロ)」はインドネシア初の本格的なSFサスペンスといえるだろう。
さらにこの映画の特筆すべき点は、低予算のインディーズ映画であることだ。脚本、編集、一部撮影、さらに準主役も演じた、ユスロン・フアディ監督(36)はガジャマダ大学の教授。100人余りのスタッフ殆どが同大の学生だったという。俳優陣はじめスタッフはノーギャラ、撮影現場での食事を提供しただけとのこと。恒常的な資金不足から撮影は127日間だったが、制作期間は3年間にも及んだ。制作費はインドネシアでは少なくとも1000万円はかかるのが常だといわれる中、わずか400万円余り。映画製作への情熱が作品への魅力を増大させた好例だ。ユスロン監督によると商業映画館での上映依頼も配給会社に飛び込みでプレゼンしたとのことだ。同監督曰く「自己紹介から始めたよ」。
実際、インドネシアではインディーズ映画の方が派手さはないが面白い作品が多く元気がいい。本作以外にも過去3年間で「言葉にするのは今はやめておこう」(Istirahatlah Kata Kata)、「墓参り」(Ziarah)、「サラワク/盾」(Salawaku)と魅力ある作品が生まれている。いずれも海外の名だたる映画祭で高評価を得て、「凱旋」的に国内の商業劇場での上映に至っている。コメディ、ホラー、恋愛もの、さらにはテレビ人気ドラマの映画化が多数を占める商業路線と比べ、強いテーマやメッセージ、地方独自の風土を絡めて制作されている事が共通点である。これは日本でも2018年、インディーズのヒット作「カメラを止めるな!」が東京でたった3館での上映から遂には全国300館上映にまで至ったのに似ている(ちなみに同映画は2018年末ジャカルタなどで開かれた日本映画週間だけでなく、一般のインドネシアの映画館でもロードショーとして上映されている)。
今回紹介した「トゥンコラック(ドクロ)」もそうだが、インディーズの宿命として広告費に予算が割けず観客に作品の魅力はおろか、存在そのものを知ってもらう機会が非常に限られているのが残念である。インドネシア映画のDVD化がほとんど普及せず、インターネットサイトでもごく一部しか視聴できないため、同作品を鑑賞する機会が今後あるのかどうかは不明である。しかし、もし機会があった場合に備えて同作品名を必ず覚えておいてほしい。日本アニメ「エヴァンゲリオン」を彷彿とさせる衝撃のラストシーンに是非とも辿り着いてもらいたい。