2日目
再び船出
船は、フランキー君に舵を預けたサカ船長の独壇場と化して、すこぶる陽気なムードで波を蹴る。小一時間も進んだろうか。船長はフランキー君からいきなり舵をひったくると、加速や減速を繰り返しながら、船を小刻みに左右に操り始めた。時折、「ほらほら、あの流木にたくさん鳥が止まってるぞ!」「あっちからはトビウオの群れだ!」というように、撮影隊に的確な指示を出す。

ここの海は浅瀬で座礁する危険が高く、技術の高いほんの一握りの者しか航行できない。そういえば昨日、もう一艘の船が途中まで並走していたのだが、しばらくすると姿が見えなくなった。その船長の技術ではワヤッグ群島の内に入ることができず、早々に引き上げたのだそうだ。サカ船長はラジャアンパットを知り尽くしている「レジェンド」だ。
マンスアルの浅瀬
海底の白砂の1粒1粒がはっきり識別できるほどに、いつしか浅瀬の水かさは遠近感を失っていた。サカ船長の慎重な操舵によって進む船は、エンジンを海中から引き上げると、惰性でしばらく進み、そして海の真ん中で停泊した。アクリル板のように透明度の高い海面へ、カムガ君が足を浸す……と、その深さはなんと、膝頭がやっと隠れるぐらいだ! 彼の撮影が終わるやいなや、ミズホさんが待ちかねたように海に飛び込んだ。カメラが濡れないようタオルにくるみ、僕も急いで後を追う。

滑らかな砂のクッションを素足に感じる。これといった目的もないのに、ただ歩き回っているだけで楽しい数十メートル四方の砂だまり。撮影隊も今や仕事を忘れ、すっかり、この浅瀬のとりこになっている。
「こっちこっちぃー! ほら、見てくださいよー!」。ミズホさんが叫んでいる。そこでは船長とミズホさんら3人が輪になって、満面の笑みで水中を凝視していた。その視線の先には一群の小魚の群れ。その群れは、まるで小ガモが親ガモを追いかけるように、3人が進む方向へと従っている。僕もいつしか夢中になり、よくわからない声を発しながら右へ左へ……目的や結果を度外視した喜びと戯れること、あるいは童心に帰るということを、ここにいる全員が全身でたっぷり浴びているような、そんな幸福な時間だった。

カメラを船に置いて、仰向けに海に横たわってみた。塩分が強いらしく、労せずとも体がプカプカと浮く。自分をゆっくりと引っ張って行く、滑らかな潮の流れを背中に感じながら、喫水線の境目を漂う喜び。こんなことを数万年もやっていたら、やがて人はジュゴンにでもなってしまうのかもしれない。

過去の手形
マンスアルの美しい水紋に名残惜しさを感じつつ、船はカブイ湾の中へと向かった。次第に景色は密度の高いものになり、行く手にはさまざまな形の奇岩が現れてくる。多少、雲行きが変わって光に明暗が加わったせいで、次々と現れるそれらは、まるで巨大な盆栽のようだ。人の丹精などまったく込められていない、これらの盆栽たちに、何かしら意味があるように見えてくるのが面白い。滑稽なもの、生真面目なもの、あるいはただ虚心坦懐に存在するもの。
盆栽群島の輪郭は次第に鋭角的になってくる。やがて鬼ヶ島のような小島を抜けると、船は切り立った崖の正面に停泊した。ほどなく、微かなノイズのような音が扇を広げるように大きくなり、同時に白い綿菓子のような塊もどんどん近づいてきて、すぐに辺り一帯は驟雨のカーテンに包み込まれた。チャーミングな盆栽群島も一転、今や幽玄な水墨画の世界だ。水面を眺めれば、雨を受けてなお透明度を保つ水中には水草が揺れ、その隙間を悠々と泳ぐ魚たちがいる。抹茶と落雁でもいただきたい気分だったが、とりあえずアクアのボトルとナシクニンで、雨上がりを待つ。

しばらくすると雨の緞帳はいきなり開かれ、ウソのような青空が広がった。船長の指差す崖の方向へ、撮影隊がキビキビと三脚を立てカメラを向ける。そこには単調で不思議な図形が並んでいた。あるものは明らかに動物であり、またあるものは象形文字めいている。船長によれば「数百年前から数千年前のいつか」に描かれたものだそうだが、これらが数十年前、あるいは数年前のものだと言われても、それはそれですんなりと納得してしまえる気がする。

船は図形や手形の記された断崖をさらに何カ所かめぐると、やがて1つの小島へ到着した。昨日の「第2山」同様、船は心許ない岩の張り出しに接近し、そこから撮影隊が上陸していく。僕とミズホさんもそれに続き、昨日よりは多少慣れた足取りで崖を登る。小島の中腹、薮が開けた辺りで、カムガ君に手招きされた。「これから撮影をするから、僕がテレビカメラに向かって説明をする間、後ろで観光客のような演技をしてくれないか」とのこと。お安いご用とばかりに、僕たちはカメラを構え、少々大げさな日本人観光客を演じた。そしてカメラをカムガ君の後方へ向けた時、そこに幾分、不吉な形の物体が横たわるのを見た。人間の骸骨だ。「これはもしかしたら、例の戦死者の骨かもしれませんね」と、ミズホさんが小声で耳打ちする。彼女がワイサイの人から聞いた話によると「香料貿易が行われていた16世紀ごろ、北マルクの部族との間に戦闘があった。ワイサイの戦死者の骨は、ある島の藪の中に移された。今では、その場所を知る人は限られ、また口外してはいけないことになっている」。
別れ
今日は時の流れがすこぶる速い。われわれは、時空の歪みが感じられるような、この奇妙な一帯を後にした。船は快速で往路を逆行し、再びマンスアルを目指す。
船の進行方向に海鳥の群れが現れ、代わる代わる海面にダイブしているのが見えた。「あ、カメラ、カメラ。あの辺です、ともかくシャッターを押しまくってください!」というミズホさんの断固とした指示に従い、群れが狂喜乱舞する辺りに向けて、やみくもにシャッターを切った。やがて、その饗宴が終了するころ、「サメがいたんですよ」とミズホさんが言った。僕の視力では確認できなかったのだが、写真をプレヴューしてみると、魚を狙い降下する海鳥、それをかわそうと空中をジャンプする魚、そして両者を狙って鼻面を現したサメ、という食物連鎖が切り取られていた。それは食うか食われるかの死闘には違いなかったが、同時に、この海で何万年もの間、繰り返されてきた、淡々とした日常の風景かもしれなかった。

ラジャアンパット・ダイブ・ロッジの長い桟橋が近づいてきた。まだまだ自然の真っただ中にいるとはいえ、ここでの小休止を経て船はワイサイを目指し、やがてワイサイに到着したわれわれは、あすフェリーに乗り、そして否応なく都会へと引き戻されるのだ。そんな寂しさと安堵感の入り交じった桟橋に、とうとう船はロープを絡ませた。
そこは居心地の良さそうなダイビング・リゾートで、衛星通信によるwifiも完備していた。2日間、行動をともにした撮影隊の面々から、初めて名刺をもらった。彼らはそれまで触れることのなかった仕事のディティールやキャリアについて少し話をし、それから「ちょっと失礼」と言って、ブラックベリーやタブレットを広げた。ミズホさんはといえば、すでに隣のテーブルにノートを広げ、本当にマルサの女の表情で資料の整理を始めていた。サカ船長は本職である自然保護監督官としての立ち居振る舞いで、ヴィラのスタッフと何やら打ち合わせをしていた。

徐々に桟橋の向こうに日が落ちて来て、僕はこの海との名残を惜しむため、水辺を歩いてみた。透明な水の中では、先ほどにも増して多くの魚たちが、まるでラッシュアワーの客さながら、集団で右往左往している。僕もあすは右往左往しながら、たくさんの人とともにジャカルタへ帰るのだ。
エデンの海でiPhoneのスイッチを押すと、画面に白いリンゴが現れた。その知恵の実が数日分のメールを読み込んだころ、「そろそろ帰りますよー」というミズホさんの声が聞こえてきた。

