「竹の子供たち」 美しい自然としなやかに生きる子供の姿を描く 【インドネシア映画倶楽部】第135回

「竹の子供たち」 美しい自然としなやかに生きる子供の姿を描く 【インドネシア映画倶楽部】第135回

Anak-Anak Bambu

インドネシアで身近な竹にまつわる哲学を通して、生き方を問う。ジャカルタで事業に失敗した女性が西ジャワの田舎へ移り住み、子供たちとの交流を通して大切なものに気づいていく。背景の美しい自然も見どころ。

文と写真・横山裕一

真っ直ぐに伸びる竹はその様から力強さ、誠実さを表している。時に風が吹けばしなるが、やがて真っ直ぐに戻る……

 西ジャワ州に古くから伝わる、竹を人生になぞらえた哲学をもとにしたのが本作品。市場経済の進む現代においても、金銭以上に大切なものは何かを改めて問いかける。

 物語の主人公はジャカルタで事業に失敗した女性ネタ。家や財産を失ったためネタと夫のニノは夫の実家である西ジャワ州のとある田舎へ移り住む。そこは広大な竹林に囲まれた場所で、ニノの父親が孤児院を営んでいた。

 孤児らは両親を失ってはいるものの、勉強をはじめ洗濯など共同生活を生き生きと過ごしていた。しかし、ネタは子供たち一人一人に家を持たせてやった方が幸せなのではないかと考えていた。そんなある日、夫の父親の元へ実業家が訪れ、スポーツ公園建設のため土地を売ってくれないかと申し出てきた……。

 親のいない子供たちにとって、経済的な将来の保証が大切なのか、あるいは例え血は繋がっていなくとも、家族のように共に暮らしていく仲間の存在なのか?主人公のネタは身勝手すぎる行動が気にはなるものの、子供たちとの交流、特にゴミ集積場で生まれ育った少年との交流を通じて大切なものは何かに気づいていく。

 冒頭の竹の哲学のセリフは孤児院長であるネタの夫の父親が子供たちに話聞かせるものだ。劇中、折に触れて映し出される美しい竹林。身を寄せ合い、時に揺れながらも真っ直ぐに成長していく竹林の姿は孤児院の子供たちの生き方にオーバーラップするかのようでもある。主人公の思考の変遷も同じかもしれない。

 竹はインドネシアでも各地に自生しているが、西ジャワ州は特に、哲学を見出すように竹と密接な文化を生み出していることで知られる。伝統楽器でも、竹笛や音階ごとの竹楽器を合奏するアンクルンなどが有名だ。本作品とは無関係だが、西ジャワ州の北海岸にあるインドラマユには、古代スンダ語で「美しい竹」を意味するハウルグリス(HAURGEULIS)という名前の地区もある。ここは古くから建材としての竹の出荷が有名で、現在でも村落には伝統的な家屋や倉庫、また生垣などに竹を多用している様子を見受けることができる。

 このように地域特有の竹に対する考え方をベースに物語を構築している意味で興味深い作品だ。美しい自然とともに、しなやかに生きる子供たちを是非とも劇場で味わっていただきたい。

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