ジョコ・ウィドド大統領(ジョコウィ)の中央政界進出の大きな足がかりとなったのが、2012年のジャカルタ州知事選。ソロ市長から打って出て、見事、当選した。ソロからジャカルタへ移り住んでしばらくしてから、盟友であるジャカルタ出身のアホック副知事(現・知事)に、こうこぼしたと思われる。

ジョコウィ「そろそろ着る服がなくなってきたなぁ。どうしよ。ジャカルタの仕立て屋とか知らんし」
アホック「俺の親父の代から使ってる仕立て屋があるぜ。ルスマンっていう気のいいオヤジがやってんの。俺もそこで仕立ててる。いま着てるこの服もそう。ほら、生地はいいし縫製もしっかりしてるだろ? 紹介するぜ」
ジョコウィ「高くない?」
アホック「高くない、高くない」
ジョコウィ「じゃあ、頼むわ。大統領選狙うつもりだし、しばらくソロには帰らんし」
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 2人の間で、こんな会話があったのではないかと想像する(注:何の根拠もありません)。しかし、1939年創業の「フェン・シン・テイラー」が今やインドネシア大統領となったジョコウィ、ジャカルタ州知事に昇格したアホック御用達であることは、まぎれもない事実。父親の代からの顧客だったアホックがジョコウィに紹介したというのも事実のようだ。きらびやかなトップブランド店ではなく、下町のテイラーを選んだのが2人らしい。

 グヌン・サハリ通りの角に立つ、小さな店。屋根の庇には「PENDJAHIT FENG SIN」と創業当初からの文字が残る。「PENDJAHIT(仕立て屋)」は旧書体だ。窓や雨戸は当時のまま。以前は通りに面した2方向に窓があり、入口から入ると正面に仕立ての作業台があった。今は右側の窓をつぶして壁にしてしまい、その前に作業台が置いてある。
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 こぢんまりとした店のたたずまいに驚くだろう。たまたま客が多いと、出来上がりを取りに来た人、試着する人、採寸してもらう人などで、ごちゃごちゃになる。誰も客がいないと、ルスマンさん(65)が一人、じょりっ、じょりっ、と台の上で布を裁断し、寡黙に作業をしている。つけっぱなしのテレビのニュースからは、ジョコウィやアホックの姿がしょっちゅう流れてくる。2人はルスマンさんが仕立てた服を着ている。
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 ルスマンさんは中国・客家出身の6代目。代々、仕立て屋の家系で、店はルスマンさんの父親の呉権禄さんが始めた。ルスマンさんは父親に習って、中学生のころにはもう仕立てができるようになっていたという。今は長女のシスカさん、二女のシシリアさんが事務を手伝い、奥で働く縫製などのスタッフは6人。老舗のため、顧客も親子代々という人が多い。スハルト時代から閣僚の仕立てもやっていたが、「(閣僚は)うちだけでなく、いろんな仕立て屋を使っていますから」と何のてらいもない。
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 ジョコウィが大統領就任式の日に着たスーツと白シャツも「フェン・シン」が仕立てた。就任式の後のパレードで、スーツを脱いで白シャツを腕まくりしたジョコウィの姿はまだ記憶に新しい。ジョコウィのバティックシャツは生地持ち込みが多いが、この時は「フェン・シン」が生地も用意して仕立てたという。ジョコウィとジョコウィ「働け」内閣の象徴ともなった白シャツは、「同じシャツが欲しい」という注文が相次いでいる。
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 この白シャツ、「ジョコウィから特別な注文はありましたか?」と聞くと「胸ポケットは普通は1つなんだけど、『2つにしてほしい』というリクエストでした」。「どうして2つなんでしょう?」と聞くと「さあ……? たくさん物を入れたかったからじゃないですか」。年齢を尋ねると「65だけど『60歳ぐらい』としておいてください」ととぼけるルスマンさんは、飄々としていて何の気取りもなく、いかにも職人気質だ。

 「バティックシャツをオーダーするコツ」を聞いた。
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 「シャツで大事なのは上部です。肩の形など、人によって違うので、ぴったり合っていないといけません。太った人は『型紙バティック』でない方がいいかも。柄をぴったり合わせるのが一番難しく、仕立ての腕の見せ所です。普段着はコットンの方が楽ですし、結婚式やあらたまった行事の時にはシルクを。色や柄は何でも好きなのを選んだらいいです」

 バティックシャツの色や柄には、特に何もタブーはないらしい。誰に聞いても「好きなのを選べばいいです」と言う。
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 「フェン・シン」には、プカロンガンとソロのバティックが取り揃えてある。ここから好きな生地を選んでもいいし、生地を持ち込んでもよい。布だけ買うこともできる。女性用の服の仕立ては受けていないので、夫婦でお揃いにしたい場合は、同じ生地を買って妻の分は別の店で仕立てればよい。バティックシャツだけでなく、ズボンやスーツの仕立ても頼める。

 デパートで「吊るし」を買うより、大統領の仕立て屋さんで自分のバティックを仕立ててみてはいかがでしょう。(『南極星』2015年2月号掲載)
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<特集>バティックを着る イントロダクション
バティックを探しにチレボンへ。
買ったバティックを仕立ててみた。
布への愛情。〜13 ティガブラス
「フェン・シン」でバティックシャツを仕立てる。