天皇陛下のバティック、作ったのは誰? ジョグジャの産地を訪ねて

天皇陛下のバティック、作ったのは誰? ジョグジャの産地を訪ねて

2023-09-08

インドネシア訪問中、2023年6月22日にボロブドゥール遺跡を訪れた天皇陛下は、バティックのシャツを着用されていた。紺と黒、茶色の伝統色で、一面のかわいらしい花のような模様の中に、翼や草花が浮かび上がる。このバティックは、ジョグジャカルタ郊外イモギリのギリロヨ村で制作された。ここは女性パワーのみなぎる、ちょっと面白いバティック村なのだ。バティックの作り手たちに会いに、ギリロヨ村を訪れた。(文と写真・池田華子)

天皇陛下が着用されたバティック
天皇陛下が着用された物と同じバティックを広げるエルニーさん。エルニーさんは「天皇陛下のバティック」の作り手の一人

「星の光」と「天からの啓示」

 ジョグジャカルタ市内から車で約1時間のギリロヨ・バティック村。わかりやすい大きな看板に、立派なショールーム。想像以上の発展ぶりに驚く。ショールームにはずらっとバティックの布やシャツが並び、外の東屋では女性たちがバティック(蝋描き)中だ。

 「天皇陛下が着用されたのと同じバティック布はある?」と聞くと、「あるある。家に3枚ある。すぐに持って来させるよ」。

 そして届いたバティックの布。広げてみると、花柄のような模様を背景に、鳥、翼、草花などが散らされている。かわいらしいし、どことなくユーモラス。これは一体、どういうモチーフなのか。このバティックを作った一人である、エルニーさんに説明を聞く。

 ジョグジャカルタの伝統柄2つの組み合わせで、背景に使われている花のようなモチーフは「トゥルントゥム」(truntum)と言う。ジャワ語の「taruntum」から来ており、意味は「芽吹きの再来」。星の輝きを表現しているという。

 このモチーフが生まれた逸話とは、昔、王の寵愛の薄れた王妃が、夜な夜な星を見て、孤独や悲しみを慰めていた。その星の光をバティックにしたところ、バティックを見た王が感じ入り、再び王妃を愛するようになった。「愛が戻り、再びひとつになれた」とエルニーさん。バティックにはそんな力がある、ということか。

 「愛」や「再び芽吹く」象徴として、娘の末永い幸せを願って、結婚式の時に花嫁の両親が着用したりする。トゥルントゥムだけのバティックもあるが、天皇陛下が着用されたバティックのように、別のモチーフを組み合わせている場合もある。

2つの伝統柄の組み合わせ。背景は「トゥルントゥム」、その上に「ワフユ・トゥムルン」
背景は「トゥルントゥム」、その上に「ワフユ・トゥムルン」を置いた、2つの伝統柄の組み合わせ

 トゥルントゥムの上に置かれた、もう一つのモチーフは、「ワフユ・トゥムルン」(Wahyu Tumurun)。「天からの啓示(wahyu)が下る(tumurun)」という意味で、「神の導きが得られるように」「これからやることがうまくいくように」という祈りを込めて、結婚式や、地位が昇進した時、何らかの大役の候補に選ばれた時などに着用する。

 モチーフを構成する物は、ガルーダの翼、空飛ぶ冠、雄鶏、繁茂する草木、月下美人、サウォの実。ガルーダの翼は神の啓示、冠は崇高さの象徴だ。暁を告げる雄鶏は、ジャワ・イスラムでは吉祥とされ、「啓示の時を告げる」という意味だ。繁茂する草木は、枝分かれして「天にまで届く」という意味が込められている。月下美人はかぐわしく、サウォはジャワの民家や王宮によく生えている木、との説明だ。

 吉祥文様がこれでもかとばかりに入れ込まれた「ワフユ・トゥムルン」に、さらに「トゥルントゥム」を合わせた、強い願いと祈りを込めたバティックだ。こうした説明を聞くと、欲しくなってしまう。値段はというと、1枚130万ルピア。手描きバティックとしては、「安い」と言えるだろう。ここで売られているバティックは大体、1枚100万〜150万ルピアぐらいと、買い求めやすい価格帯だ。

蝋描きをする女性たち
東屋で蝋描きをする女性たち

女性パワーのバティック

 天皇陛下が着用されたバティックは、エルニーさんが輪郭線を描き、あと2人が模様の細かい点と線描きをした。このように、自分の得意分野によって「分業」することが、バティックではよくある。つまり、蝋描きをしたのはギリロヨ村の女性3人。さらに、ここでは、染色と蝋落としも女性がやる。「染色と蝋落としは男性の仕事」という地域が多い中で、バティックの制作ほぼ全てが女性の手で行われているのは珍しい。

 村の染色場を見せてもらった。大きな井戸があり、裏は山。水は井戸から汲み、布をゆでて蝋落としをする時には裏山から取って来た薪を使って火をおこす。エルニーさんたちのバティック・グループでは、染色担当が4人いる。同じグループで蝋描きした布を一手に染めるほか、他のグループからの染色を仕事として請け負ったりもする。週1回、まとめて染色と蝋落としをしている。

染色中のエルナさん
染色中のエルナさん

 この日は、エルナさんとナニーさんの2人が染色作業中だった。エルナさんが、準備された布を次々に染色し、ナニーさんが布を干したりといった手伝いをする。色の具合を見ながら、何回も染める。使っているのは化学染料のナフトール染料。下漬け液に浸してから上漬け液に浸すと、みるみる、白い布が青く染まっていく。まんべんなく染まるよう、丁寧に布を送りながら、手でゴシゴシとこすっている。布を水洗いしたり、濡れた重い布を持って染色槽を行き来したり、男性の仕事とされているのがうなずける重労働だ。

 「大変じゃない?」と聞くと、「暑いし、熱い。大変だけど、お金が必要だから。蝋描きに比べて、染色や蝋落としは早くできる(ので、すぐお金になる)」とエルナさん。2人とも、夜は家で蝋描きもしていると言う。「家事をして、子供の世話をして、蝋描きして、染色もして……私たち、『強いお母さん』でしょ」と笑う。

 天皇陛下がバティックを着用された感想を聞くと、「誇らしい。陛下は私たちのことを知らないけど、ここで作った、というのは誇らしいよ」とエルナさん。

染色中の布
染色中の色鮮やかな布。伝統文様と華やかな花・蝶との組み合わせ。干して、色を見ているところ。まだ蝋落としをしていないので、茶色い蝋が残っている

「陛下がお召しになるなんて?!」

 この村を紹介したのは、在インドネシア日本大使館専門調査員の福田藍さんだ。福田さんは2015〜16年のガジャマダ大学留学中に、ギリロヨ村にホームステイし、ジョグジャカルタのバティックについて調査していた。今回、「天皇陛下がボロブドゥールで着用されるバティックを探している」と聞き、メジャーなブランドの製品は避けたい様子だったため、「産地から直接買うのはどうですか?」と、ギリロヨ村を紹介した。

 エルニーさんによると、日本大使館から「ジョグジャカルタの伝統的なバティックはあるか?」という問い合わせがあった。「大使館で必要」ということで、天皇陛下が着用されることは伏せられていた。何枚か写真を送ったところ、選ばれたのが、このバティックだった。後になって、天皇陛下のバティック・シャツ姿の写真が大使館から送られて来て、驚いたと言う。

 「日本の天皇陛下がお召しになるなんて、あり得る?!って、びっくりした。友人たちからもいっぱい連絡が来た。うれしいし、誇りに思う。ギリロヨのバティックが世界に知られることになった。われわれにとってはエネルギーの注入となり、大きなモチベーションになった。これからも頑張ってバティックを作り続けていきたい」とエルニーさん。

ジョグジャカルタのバティック
村で蝋描きした布

地震から、バティックで復興

 女性パワーで作られたバティック。実は、こうなったのは、2006年のジャワ島中部地震が契機だった。地震では、この村も含めた、ジョグジャカルタ南方のバントゥル県が大きな被害に遭った。復興支援に入った非政府団体(NGO)は、「女性たちは皆、蝋描きをできる。この技術を活かした『バティックによる復興』はどうか?」と考え、染色の技術やマーケティングなどをワークショップで教えた。

 それまでは、家で蝋描きした布を、ジョグジャカルタなどの業者に安く販売していた。染色技術も販売の伝手もなかったためだ。いわば、代々、「蝋描きの労働者」だった。それが、地震後の復興支援を転機として、村でバティックの完成品を作り、自ら販売できるようになった。

 この村のバティックの歴史は古い。17世紀にイモギリにジョグジャカルタとソロの王家の墓が作られ、王の侍従が墓守としてジョグジャカルタから移住してきた。その侍従の妻がバティックの技術を伝えたといわれる。すなわち、王宮伝来のバティックなのだ。

 今では、ジョグジャカルタ近郊でバティックを作っているいくつかの地域の中でも、特に活気のある生産地となっている。福田さんは「私がホームステイしていたころからすでに、『女性たちがバティック業をおこしていて、力強いな』という印象の村だった。それが、訪ねるたびに新しいことが増えて、さらに力強さを増していっている」と言う。

 天皇陛下がバティックを着用されたことについて福田さんは、「バティックを着ると、インドネシア人はもちろん喜んでくれるが、意外だったのは、日本人からの評判も良かったこと。バティックというと『派手で着られない』といったイメージがあるが、『これも、バティックなんだ』『これなら自分も着たい』という反応が日本の人からあった。日本人に着やすいバティックなのかもしれない」と語る。

 ギリロヨ村で売られているバティックは、「ザ・クラシック」な物から、和柄っぽい物やモダンな物まで。「フォーマルな場で着ても、普段に着てもいい。ファッションとしてバティックを楽しんでほしい」とエルニーさんは語っている。

ギリロヨ村のショールーム
ギリロヨ村のショールーム
伝統柄を基調に、ちょっとモダンにした、面白いバティックが並ぶ
伝統柄をちょっとモダンにした、面白いバティックが並ぶ

「バティック・ギリロヨ」インスタグラム

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エルニーさんインスタグラム

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