長引く自粛生活、皆さんはどのように過ごされているだろうか。私は本を読んだり料理をしたりするほかに、延々とガムランやワヤンの練習をしていた。
私がここに残ることを決めた理由の一つが、外には出られなくとも、ここなら楽器がたくさんあるので、思いきりガムランやワヤンの練習ができるということだった。
私の専門は音楽を研究することなのだが、自分とはまったく異なった文化の音楽をより深く理解するために、自分自身もその習得にチャレンジすることは欠かせない。だから私は、ガムランや影絵芝居ワヤンの実技もかなり真剣に勉強している。
実は、日本にも多くのガムラングループがある。ジャワでの自分の学びを日本の皆さんと共有し、ガムランの演奏活動を盛り上げていくことが、私のやりたいことの一つだ。
私は時間が許すなら、延々と練習していられるタイプである。いろいろと制限が多い状況だけれども、思いがけず好きなだけ練習ができる時間を取れたことは、とても幸運だったと思う。
星野源の「うちで踊ろう」。さまざまな人がSNSで思い思いにコラボレーションした現象は、皆さんも記憶に新しいのではないだろうか。実は私も、この自粛生活の中で、ジャワのガムランの中のグンデル(gender)という楽器を使って、「うちで踊ろう」を伴奏してみた。
今回は、私の「うちで踊ろう」の話をしつつ、ジャワのガムランの音楽の仕組みについて、少しお話してみたいと思う。
ジャワのガムランは、以前、この記事でも書いたように、大人数で合奏をする「密」な音楽である。青銅で出来たさまざまな打楽器を中心としたアンサンブルで、それに歌や弦楽器、竹笛なども加わる。楽器ごとに決められた役割があり、太鼓とそのほかの3つのグループに分けられる。
ガムランにはオーケストラのような指揮者はいないので、お互いの音をよく聴きながら合奏する。その中で、曲の開始点や終わり、テンポや移り変わりなどを指示する、いわば指揮者のような役割を果たすのが太鼓である。
それ以外の3つのグループとは、「骨格になる旋律を演奏する楽器のグループ」、「骨格旋律に節目を付けていく楽器のグループ」、「骨格旋律を基にした装飾的な旋律を演奏する楽器のグループ」である。
例えば、上写真の中央に大小さまざまな太鼓がある。その手前に、かまぼこ型の青銅製鍵盤の載った楽器がたくさん並んでいる。これらはサロン(saron)という楽器で、こうした鍵盤楽器が骨格になる旋律を演奏する。
骨格旋律は何度も繰り返し演奏され、その開始点や終着点、また、その半分や4分の1、といった具合に、「骨格旋律に節目をつけていく楽器のグループ」がある。それは、例えば写真右端の、こぶのついた楽器、クノン(kenong)や、ゴング(gong)と呼ばれる銅鑼(どら)のような楽器がそれに当たる。
特に、最も大きなゴングは骨格旋律の最も重要な節目に鳴らされる。これは骨格旋律の開始点であり、同時に終着点を表す。ジャワではゴングには神様が宿っていると考えられており、最も神聖で重要な楽器ととらえられている。
最後に、「骨格旋律を基にした装飾的な旋律を演奏する楽器のグループ」が加わる。いくつか該当する楽器があり、私は今回の留学では「グンデル」という楽器を重点的に勉強している。
今回、私は、グンデルがガムランの骨格旋律を装飾するやり方を使って、「うちで踊ろう」を伴奏してみることにした。少し複雑になるかもしれないが、ここから具体的に、どのようにしてグンデルで「うちで踊ろう」を演奏したのかを紹介してみたい。
ジャワのガムランにも楽譜がある。基本的に、こちらの演奏家たちは楽曲を記憶して演奏し、本来は楽譜は用いられない。しかし現在は、記録や学習のために、楽譜を使用することが主流になっている。
ガムランの楽譜を実際に見てみよう。骨格旋律は数字で表す。「○」は最も大きなゴングの印で、この楽譜では、前奏(buka)に続いて、最初に「○」が付いている「2」の音から、次の「○」が付いている「2」までが骨格旋律となり、これを何度か繰り返して演奏する。
楽譜には通常、骨格旋律と、節目を表す楽器の音しか書かれない。グンデルのような「骨格旋律を基にした装飾的な旋律を演奏する楽器のグループ」の音は書かれないのである。そのような楽器は、それぞれの楽器ごとに決められた装飾技法で演奏するのである。ガムラン奏者は装飾技法のパターンをたくさん知っておく必要がある。
グンデルは、骨格旋律の重要な音から重要な音へと、旋律のパターンをつなぎながら演奏する。より具体的にイメージするために、次の写真を見てほしい。先の「マジュム」(Majemuk)という曲の冒頭部分の1行目を取り出してみると、このようになる。
骨格旋律の重要な音とは、骨格旋律の数字を4つのまとまりで見た時の4つ目ないしは2つ目の音である。
黒い四角で囲んだのが4つの音のまとまりで、この曲でグンデルは、大きなゴングの鳴る最初の「2」の音から始めて、「2」の音へつながる旋律のパターン、次は「2から3」、「3から1」、「1から2」……というように旋律のパターンをつないでいく。
旋律のパターンには、それぞれ「ガントゥン」(gt)や「セレ」(seleh)といった名前がある。グンデ奏 者はそれらのパターンをたくさん覚え、骨格旋律を装飾していく。習得に大変な時間がかかるので、私はこの留学中の時間の多くを、グンデルのレッスンに当ててきた。
「うちで踊ろう」は、もちろんジャワの音楽ではないので、星野源の歌う音とグンデルの音は、どうしても音程がずれてしまう。だが、幸運なことに、私の家にあるグンデルの調律は、ぴったりとはいかないまでも、わりと星野源の歌に合っていた。
どういうことかというと、ジャワのガムランは、音程にルールはあるものの、ガムランを作る職人によって少しずつ音の高さが変わってくるのである。だから、ジャワのガムランは、同じ種類の楽器でも、作った職人や楽器のセットが違うと、音の高さが微妙に違ってくるという面白い現象が起きる。たまたま、家にあるグンデルは、星野源の歌をなぞってもあまり違和感のないものだったのである。
というわけで、私は、「うちで踊ろう」をガムラン風に分析して、グンデルで弾いてみることにした。歌に数字を当てて、楽譜にするとこのようになった。
まず、歌のフレーズの半分ないしは、最後の音を拾う(二重の四角で囲んだ音が重要な音になる)。 これをグンデルの、重要な音を旋律のパターンでつないでいくやり方で分析する。
例えば、「たまにかさなり あうようなぼくら」は最初の音が「3」で、フレーズの真ん中(り)の音は「5」、フレーズの最後の音は「5」になった。なので、「3から5」、「5から5」というパターンを弾くことができる。数字の下にある「Seleh」や「DDK」、「TM」などは、旋律パターンの名前を表している。
星野源はいろいろな人が演奏できるように、この曲を作曲したと思う。そのためか、似たフレーズが多く、歌いやすくてシンプルな曲だと思う。間奏以外は拍子が変化しないので、案外、グンデルのパターンをすんなり合わせることができた。
繰り返しが多いので、理論上は同じ旋律パターンを何度も使うことになるのだが、そこは単調にならないように、歌のフレーズの高低を考慮して、別のパターンを使ったりしてみた。
例えば、「Seleh3」と「DDK3」は両方とも同じ「3」に到達するパターンであるけれども、「DDK3」の方は比較的高い音で構成されるパターンなので、「あそぼう いっしょに」など、歌の旋律が高い音を通る部分で使用した。
経由する音を考えて、使用する旋律のパターンを決めることは、実際のジャワのガムランにおけるグンデル演奏の中でも行われる。その解釈にはバリエーションが生まれることも多い。何のパターンを組み合わせていくかということを考える作業は難しいけれども、楽しいものである。
この曲を分析してみようと思った当初は、ジャワの理論で分析ができるとは思っていなかったのだが、意外にすっきり分析できるとわかると、面白い作業だった。
ジャワの人や星野源ご本人は、私の「うちで踊ろう」をどう思うかわからないけれど、「ジャワの音楽の理論を使って、こんなこともできるんだ」ということを皆さんに知ってもらえたらうれしい。
少々混み入った文章になってしまったが、ここで私が何を言いたいかというと、「一見とらえどころのないように思われる、外国の異なった文化の音楽でも、実はそれぞれに精巧な理論や仕組みがある」ということである。そしてその中には、その地域の人たちの考え方や文化が反映されていたりする。ガムランという音楽は、私に、そんな新しい価値観を開いてくれた。この音楽を勉強することでいろいろな発見や衝撃があった。
異文化に触れる体験は、とても楽しいものだし、いろいろなものが見えるようになるチャンスであると思う。このような面白い体験ができるにもかかわらず、日本では、西洋音楽以外の音楽にじっくり触れられる機会はまだまだ少ないように思う。私自身まだまだ勉強の途中であるけれども、いつか私のジャワでの経験を、日本の皆さんと、ガムランを演奏することで共有したいと夢見ている。
岸さんガムラン伴奏の「うちで踊ろう」
岸美咲(きし・みさき)
中部ジャワのガムランとワヤンを研究する大学院生。2012年、東京でガムランの演奏活動を始める。2016年よりワヤンの人形遣いダランにも挑戦。2018年9月から、インドネシア国立芸術学校スラカルタ校(ISI Surakarta)ダラン科に留学。マンゴーが好き。