子どもや障害者とガムランを楽しむ 岡山で教室主宰の岩本さん

子どもや障害者とガムランを楽しむ 岡山で教室主宰の岩本さん

文と写真・頼實鮎美(岡山県在住フリーライター)

インドネシアから日本へ帰国して月日が流れるうちに、インドネシアでの日々を無性に懐かしく思い出すことがある。岡山市内に14年続くガムラン教室があると聞き、インドネシアにいた時にはガムラン演奏などしたことのなかった筆者だが、「インドネシア的なもの」に触れたい一心から、ふらりと出かけてみた。

クンダン(ガムランの太鼓)を叩く岩本象一さん
クンダン(ガムランの太鼓)を叩く岩本象一さん

初心者でもスルスルッと演奏……岩本マジック? 

 ガムラン教室を主宰するのは、国立ジョグジャカルタ芸術大学(ISI)に3年間留学し、ジャワガムランを学んだ岩本象一さん(43)だ。

留学前は「ガムランを極めたい」と意気込んでいましたが、ジョグジャで暮らしてみると周りは猛者だらけ。現地の人のようには到底なれないと打ちひしがれたこともありました。しかし同時に、「ガムランは一生付き合っていける、奥深い音楽だな」とも感じました

 岩本さんの教室はとても自由だ。練習日に都合の合う人が参加し、その時集まったメンバーで3〜4曲を合わせる。教室には所狭しとガムランが並んでいて、窓際には大きなゴングまである。初めてガムランに触る私も、岩本さんに促されて、スレントゥム(打楽器)の前に座った。

 金属製の鍵盤には数字が振ってあって、目の前のホワイトボードにも曲ごとに数字が書かれている。ボードの数字を追いながら、鍵盤を叩いていると、スルスルッと1曲演奏できてしまう。繰り返しの記号の所であたふたしていると、ベテランの生徒さんが横から教えてくれた。なんやかんやで、平穏無事を祈る曲「ウィルジュン」が演奏できてしまった。「岩本マジック」かもしれない。

「間違えても大丈夫」という安心感のある教室

 「ジャワに行く前と後では性格が大きく変化した」と話す岩本さん。昔はもっと短気でイライラする気質。ジョグジャ留学時代のエピソードを教えてくれた。

 岩本さんが大学近くのワルンでエス・テ・マニス(砂糖入りアイスティー)を注文すると、氷が山盛りに入ったジョッキが出て来た。「飲もうと思っても、氷が鼻に当たって飲めない。『飲めないよ』と訴えると、『氷が溶けるまで待てばいい』とワルンのおばさん。その一言が心に刺さりました」。

 ゆらりとグラスの底で砂糖が溶ける様子を眺めながら、ジャワの精神の一端に触れた瞬間。今でも時折、その時の言葉が蘇って来るそうだ。「悩みや焦りがないわけではない。でも、溶けるまで待とう。焦らなくてもいい、と思うようになりました」と岩本さんは話す。

 岩本さんの教室は、そうしたジャワ的な空気感をまとっているようだ。せかせかした人や怒る人がいない。誰一人取り残されることなく、参加者は皆、その場で繰り広げられる「音との対話」を楽しんでいる。

 教室に通い始めたばかりと言う生徒の一人は「⻄洋音楽だとミスは目立ってしまうけれど、ここだと間違えても大丈夫、という安心感がある。大きく包まれているような懐の広さがガムランの魅力」と話す。その空気感を生み出しているのは、ニコニコとほほ笑みながら采配を振るう岩本さんだ。

演奏会で、寝転びながらガムランに耳を傾ける来場者
演奏会では、寝転びながらガムランに耳を傾ける、という自由なスタイル

子どもの創作したガムラン新曲、「ネコザロック」!

 岩本さんは子ども向けガムラン教室も開催しており、現在のメンバーは小学生9人。子どもたちが創作した新曲も次々に誕生している。2024年8月の合同演奏会では、「トコトコ」「いろいろ」「ネコザロック」という創作曲が披露された。

 ネコザロックは、「子どもから提案があって、演奏の途中に『にゃんにゃん体操』が入ります。猫のように伸びをするのです。子どもらに任せているとどんどん面白いことになります」。

 この自由なスタイルは、10年にわたって岩本さんが参加している「高松市障がい者アートリンク事業」にも共通するものだ。

 特定非営利活動法人「ほのぼのワークハウス」のメンバーとスタッフで結成されたバンド「ほのぼのオールスターズ」の練習風景を見せてもらうと、対話が創作活動の軸となっている。ガムランだけでなく、インドネシアの竹楽器アンクルンや、ギター、ドラムも積極的に取り入れている。

 「ニューヨーク、行きたいなー」「帰って、何するん?」というメンバーの願望や発言がそのまま歌詞になり、岩本さんのアレンジで曲が完成する。一度聞くと忘れられない、クセになる歌詞とメロディー。ほのぼのオールスターズは、CD制作もするし、バスをチャーターして県外へ演奏旅行にも出かけていく人気バンドなのだ。

ほのぼのオールスターズ(写真は岩本象一さん提供)

川に浮かぶ屋形船で、ガムラン新楽器を演奏

 岩本さんは新しいガムラン楽器の開発もする。昨年、シトゥル(金属弦の琴)をアレンジした楽器「シトゥル・バル」(「バル」はインドネシア語で「新しい」という意味)を考案した。

 シトゥルとは、年配の女性プガメン(ストリートミュージシャン)が食堂(ワルン)などを回り、弾き語りに使っていた歴史を持つ。シトゥル・バルはその精神を受け継ぎ、持ち運びに便利なガムラン楽器として作った物で、ソロ活動や少人数向けの楽器だ。

シトゥルは鉄弦なので音が硬い。シトゥル・バルは、古典的な音階をそのままに、丸みのある柔らかな音色になるようにナイロン弦にし、音域を広げるためにボディーを大きく改良しています。チューニングの煩雑さを考慮して複弦にはしていません

シトゥル(左)とシトゥル・バル
シトゥル(左)と岩本さんの考案したシトゥル・バル

 制作は岡山県内のギター職人に依頼した。クラシックギターにも似た、丸みのある柔らかな音色の楽器に仕上がった。「サウンドホールがあることで音が響きます。また、チューニングができるので、他の楽器とも合わせやすいなど、演奏の幅が広がりました」と岩本さん。

 出来上がったシトゥル・バルを、岡山市中心部を流れる旭川に浮かぶ屋形船に持ち込み、DJとともにアンビエンミュージックを披露。水辺で、虫の声とも調和した心地良い音色を演出した。

 地方都市である岡山でジャワガムラン教室を始めて14年。「ガムランの知名度はまだまだ低く、ましてや長く続ける人は少数です。これからガムランを演奏する人や愛好者の裾野をもっと広げていくような活動をしていきたいです。来年は教室を始めて15年という節目の年です。岡山在住のインドネシア人と日本人とが、音楽や影絵などの舞台作品を一緒に作ることで、ガムランを介した文化的な交流を持てたら、と考えています」と岩本さんは話している。

岩本象一さん

岩本象一さん(音楽家・打楽器奏者)

1981年、兵庫県神戸市生まれ。2005年、インドネシア政府奨学金(ダルマシスワ)留学生として、国立ジョグジャカルタ芸術大学(ISI)に留学。翌年5月に発生したジャワ島中部地震で大学全壊、自宅半壊という逆境を乗り越え、ガムランを学び帰国。2010年に岡山市へ移住し、ガムラン教室を主宰しながら音楽活動をスタート。障害者とともに表現活動に取り組む「高松市障がい者アートリンク事業」にも10年携わっている。

岡山ジャワガムラン教室
080-3861-4279(岩本さん)

インドネシア ジャワ島の伝統音楽ガムランを使い古典曲や創造的な音楽作りを学ぶ音楽教室 子供から大人まで様々な人が通っています。その他カホンやドラムなど打楽器教室…
www.okayamajavanesegamelan.com