車に乗って「グデ山(Gunung Gede)へ」と言うと、運転手のTはさすがに驚いたようだった。「チボダス国立公園ですか?」「そう、チボダス」。高速を南へひた走るうちに山の薄い輪郭が現れてだんだん大きくなってくると、心が浮き立つ。この、心が一段階上がるような高揚感は、山好きの人ならわかってくれると思う。「一瞬でも寝たらもったいない」と思いながらもいつの間にか眠ってしまい、目を開けたら、車はプンチャックの小道を淡々と上っており、思いの外開けた谷の上を、ハンググライダーが悠然と浮かんでいた。

 インドネシアで最初に登った山がグデだった。夜、懐中電灯で真っ暗な道を照らしながら、果てしない時間をかけて登った。初心者ならではの装備の悪さに加え、暗さと先行きの見えなさが相まって、6時間もかかってようやく温泉滝にたどり着いた時には疲労の極致だった。疲れ過ぎて、食欲もない。ガチガチ震えるほど寒い。「エネルギーを使い切った状態。このまま放置すると疲労凍死する。寒い気候でなくても、平地であっても疲労凍死するんだよ」と教わった。

 私の運動靴が温泉滝を越える時に熱水に浸かって簡単に壊れたこともあり、頂上へ行くのはあっさりとあきらめ、温泉に浸かったりテントでごろごろして過ごした。靴底がはがれそうな靴をパックパク言わせながら、下って来た。そんなに大変だったのに、下りながら、この山にある一石一草木が忘れがたく、山から去りがたく感じた。よくわからないのだが、山の魅力にはまったのだろう。それから、誘いの声がかかるたびに必ず応じ、ジャワ島のいろんな山に連れて行ってもらった。私の山仲間は本格的な登山や渓流釣りの人たちだったが、頂上ハンターではなく、私のせいでへなちょこ登山になるのを看過し、一緒に山遊びをしてくれた。

 その後、しばらく山から遠ざかっていて、久しぶりに山に行きたいと思った時、グデ山から始めよう、と思った。それも「こんなのは山登りのうちには入らない」と馬鹿にしていた、3本の滝までのハイキングにした。ゆっくり歩いても片道1時間半、往復3時間あれば帰って来られるはずだ。しかし、平地を歩く1時間半と山の1時間半とではまったく違う。「山とは登るものだ」という当たり前のことを知る。たった15分ほど登ったところで立ちくらみがし、岩に座って休憩することになった。「滝まではほとんど平地で楽勝コース」という記憶だったのに、どうしたことか。運転手のTが、私が「2〜3時間で戻るから」と言って車を降りたのが心配だったようで、一緒についてきてくれた。ここからザックを持ってくれ、水とパンと雨具ぐらいしか入っていない軽いザックだったのだが、自分の身一つとなると身軽さが違う。「よしっ、行けるところまで行こう」と、また歩き始めた。

 赤っぽい樹皮の大木に「ラサマラ(Rasamala)」という標識が付けてあった。気持ちの良いほど真っ直ぐ、天に向かって立っている。リスが木の枝を伝って行った。2人連れの登山者が木の下をのぞきこんでいるので、「何かいる?」と聞くと「鳥」と答えて立ち去って行った。黒いウズラのひなで、木の根の近くをぴょんぴょん跳んでいた。木の葉に隠れて姿は見えなかったが、枝を揺らしているサルもいた。

 この日は曇りで、帰りまで持つかどうか……という天候だ。まだ日没まで大分あるというのに、山の中は薄暗い。時々、ばらばらっと雨が落ちてくるが、何層もの木が傘になって遮るので、それほど濡れはしない。

 激しい水音がして、ついに降ってきたかと思ったら、道の奥に水が流れていた。水流をさかのぼるようにして行くと、周りの緑をくっきりと水面に映す、静かな池があった。ミラーガラスのような水面なので、池の色やら、どれだけ深いものやら、さっぱりわからない。水面はまったく動かず、なんだか不思議な池だった。

 池の横には、姿を現した水流がごうごうと白い水しぶきを上げている。ジャカルタの川の水はたっぷり泥を含んで茶色や緑色をしているが、ここの水は透明で、真っ白だ。

 道は、橋のような木道に出た。開けた平地で、周りは山が取り囲み、山の上の方には白い雲がかかっている。久しぶりに開けた眺望にほっとして、平地なので足も軽い。ここまで来れば、もうすぐだ。

 木道の先に、再び登りの階段が出て来て「ヤラレタ」と思ったが、その最後の登りを越えた先に、大きな滝がゴウゴウと落ちていた。最近、雨が多いからか、想像していたよりも水量が多い。崖の上の水が、ぱっと崖を離れて空中を飛ぶ。スローモーションがかかっているかのように、ゆっくりと水がしぶきとなって落下するのを、吸い込まれるように眺めた。辺り一帯に細かい水しぶきが散っており、雨にはほとんど濡れずにきたのが、ここでずぶ濡れになった。

 滝は3本。すぐ目に入るのは2本で、3本目は右奥に回り込んだ所にあり、あまり見に行く人はいない。せっかくなので3本目も見て行こうと、滝壺から流れ落ちる水をざぶざぶと越えて、回り込んで行った。豪快で滝らしい1本目、崖を離れて空中を飛ぶ水と崖を伝う水が二重になっている2本目、そして3本目は緑の中にかかる白いヴェールのような、上品な滝だ。

 目的地に着いたことを喜び、水辺でパンを食べてから、急いで帰途に就いた。暗くなる前に下りなければ、という思いで、走るようにして下った。スピードを上げて下るうちに、少しだけ山の感覚を取り戻してきたようだ。考え事があって山に行ったのだが、そうだった、山では考えられないのだった。危険はあるし、自分の身一つを運ぶことだけに神経を使って、頭が空っぽになる。体と頭から、余分な物がどんどん出ていく気がする。「山の何がいいか」と聞かれると答えに困るのだが、私にとっては、この「どんどん出て行く感覚」だろうか。

 霧のプンチャックを越えてジャカルタに戻り、トロピックという名のアパートの下で、Tが「トロピック山に着きました」と言う。高度24階の部屋からは、オレンジ、赤、白の街の灯りが、まるで山から見る下界のように広がっていた。次のグデ山は、温泉滝まで行けるだろうか。