「カカ・ボス」 チンピラの親分が歌手になる?! コメディーの決定版が誕生 【インドネシア映画倶楽部】第79回

「カカ・ボス」 チンピラの親分が歌手になる?! コメディーの決定版が誕生 【インドネシア映画倶楽部】第79回

Kaka Boss

チンピラの親分が歌手に転向?! しかしとんでもない音痴で、音楽プロデューサーらは困惑しながらも怖くて本当のことを言えない。逆にほめたたえてしまい、レコーディングの予定をトントン拍子に進めざるを得ない……。インドネシア映画が得意とするコメディーの決定版で、インドネシア東部出身者にフォーカス。マルク、パプアなどの人々が大活躍する人情ドラマでもある。

文と写真・横山裕一

 今年一番のヒット作「他とは違う」(Agak Laen)に引き続き、インドネシア映画界のコメディ実力派エルネスト・プラカサが共同プロデュースするコメディ作品。プレマン(チンピラ)の主人公が愛する娘のために、奮闘する様子が可笑しく、出演者の多数を占めるインドネシア東部出身の俳優たちが活躍する。

 カカ・ボスとは「ボス」と「兄貴」の意味が込められた呼称。主人公のカカ・ボスは、ジャカルタで借金の取り立て代行や揉め事の収拾代行をする会社の社長で、いわゆるプレマン(チンピラ)の親分的存在だ。立派な家も持ち、順風満帆な生活にも見えたが、高校生の娘は学校で父親がチンピラだと言われ悩んでいた。これを知った父親のカカ・ボスは心を痛め、娘に恥ずかしい思いをさせず、娘が誇りに思う父親になろうと決心する。悩んだ末、若い頃の夢だった歌手になって有名人を目指し、現在の仕事を辞めることを宣言する。

 しかし、カカ・ボスはとんでもない音痴で、相談を受けた音楽プロデューサーたちは困惑しながらもカカ・ボスを恐れて本当のことが言えない。そればかりか逆に賛美してしまい、レコーディングの予定をトントン拍子に進めざるを得なかった。さらにデビュー曲が娘の学校でのイベントステージで発表されることも決まってしまう。娘の笑顔のため希望に満ちたカカ・ボス、一方で心配する娘、そしてどうすればいいか狼狽する音楽プロデューサーたち……。

 日本風にいえば、ヤクザの親分が愛娘のために全てを投げ出して努力するのに周囲が振り回される人情喜劇ドラマで、カカ・ボスのいかつい風貌、威嚇的な大声の一方で、娘の前ではデレデレになるギャップが面白く見どころのひとつだ。また作品プロデューサーのエルネスト・プラカサ演じる音楽プロデューサーの思いとは裏腹のおとぼけ役ぶりも愉快。

 この作品の特徴は、東ヌサトゥンガラやマルク、パプアなどインドネシア東部出身民族が多数出演し、首都ジャカルタでドラマを展開することだ。監督はコメディアンでコメディ作品にも多数出演するアリー・クリティンで、自らも東南スラウェシ出身でインドネシア東部に近い。同監督は「インドネシア東部出身者についての映画はこれまで多くが伝統や辺境地といった紹介ばかり。他地域民族との見た目の違いだけでなく、同じ感情を持つ人情ドラマを作りたかった」と話している。

 インドネシア東部の民族は他地域と比べると肌の色も濃く、髪が縮れているなどの特徴があり、かつてジャカルタにマルク州アンボン出身の有名なプレマンの親分がいたように、一般的に性格も粗暴だと見られる向きもある。作品は純粋なコメディで説教くささは一切ないが、背景にはこうしたインドネシア国内での地域的、民族的な偏見をなくそうする意図も込められているようだ。

 こうした偏見を逆手にとって、笑いを作り出しながら制作意図を盛り込んでいく手法は巧みで、音痴なカカ・ボスが、やはりインドネシア東部の血を引く美声の歌手、グレン・フレッドリーの曲を聴いて若き頃の歌手になる夢を思い出すのもインドネシア東部というキーワードが徹底されていて面白い。

 終始笑いながら楽しめ、時に人情劇にホロリとさせられる、コメディの決定版を是非とも劇場で楽しんでいただきたい。

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横山 裕一(よこやま・ゆういち)元・東海テレビ報道部記者、1998〜2001年、FNNジャカルタ支局長。現在はジャカルタで取材コーディネーター。 横山 裕一(よ…
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