バカじゃないんだ ㊥ 男子生徒の家出 【ぼくせん〜ロンボク先生日記】#14

バカじゃないんだ ㊥ 男子生徒の家出 【ぼくせん〜ロンボク先生日記】#14

2024-10-10

文と写真・岡本みどり

前回のおはなし>
ここは北ロンボク県、観光専門高校。私は日本語教師、ぼくせん(ロンボク先生)。教員2年目となる新年度が始まりましたが、生徒のジャヤは留年が決まったまま、一度も学校へ来ていません。担任の先生と一緒にジャヤの家庭を訪問しましたが、ジャヤの父親がジャヤに「おまえはバカだ」と何度も言う姿に辟易します。帰宅後、ジャヤの祖母・ユリアさんがぼくせん宅を訪れて……。

※本文中の名前はすべて仮名です。

 ジャヤが父親に殴られて、家を出て行ったというユリアさんの話に動揺しながら、私はユリアさんと一緒にジャヤの家へ向かいました。大急ぎで走って行きたいところですが、そこはロンボク、道すがらユリアさんと話しながら、ゆっくりと歩きます。

 ユリアさんいわく、ジャヤの父親は私たち教員の家庭訪問を「恥」ととらえ、恥をかかせた張本人のジャヤを「学校へ行け」と殴ったということでした。

 「はぁ、まったくもう」

 ジャヤのことだか、ジャヤの父親のことだか、もしくは両方のことだか。誰を思っているのか、ユリアさんは頭の中の人物を追い払うように、ブンブンと頭を回しました。

 そして、「そうだ」と思い出したとばかりに、ジャヤは本当にバカではないのか、と私に尋ねました。

 まさか、ユリアさんまでジャヤのことをバカだと思っていたのか……。肩が地面まで届きそうなほどにガックリとくる気持ちをグッとこらえます。

 「バカではないですよ、本当です」

 わざと爽やかな声を出したとき、ジャヤの家が見えました。

 ジャヤのお父さんと二度目の対面かぁ。殴られたりはしないだろうけど、私も怒鳴られたらどうしよう……。恐る恐る、竹垣の扉の部分を開けました。

 ジャヤの家はシーンとしています。ユリアさんがのたのたと中へ入り、誰もいないわ、と出てきました。

 「ふぅ、セーフ。(心臓が)もった…。」

 どっと力が抜けた私たちは、ちょっと待ってみようと、二人で縁側に腰掛けました。

 昼間にアニ先生と来たばかりだというのに、またここに座ることになるとは。

 ユリアさんは、ジャヤの父親、つまりユリアさんの息子の話を始めました。

 「あの子はね、女の子が欲しかったんだよ。さぁ、なんでだろうね。女の子が欲しかったのに、男のジャヤが生まれてさ。はじめから、あまりかわいがらなかったんだ」
 「そうなんですか」
 「二人目は女の子で、おまけに賢かった。ほら、前に話した、コーランの暗誦コンテストで賞をとった子だよ。だから下の子は、それはそれはかわいがられたの」

 生まれた瞬間からジャヤは疎まれ、妹は蝶よ花よと愛されたんだな。ジャヤの不憫さを思うとやりきれません。

 それに、もともと妹の方が賢かったのかどうかも眉唾ものです。妹と同じように手と目をかけられていたら、ジャヤの態度も性格もテストの点数も違っていたのでは……。

 「はぁあああ。このアホンダラ」

 聞けば聞くほどジャヤの父親への怒りがわいてきます。心の中でジャヤの父親に噛みついて、私は家へ帰ることにしました。ジャヤもその父親も、まぁそのうち帰ってくるでしょう。

*  *  *  *  *  *  *

 夜、夫が帰ってきたときに、ジャヤの話をしました。夫は、ジャヤはきっとガランさんの家だろうと教えてくれました。若者のたまり場になっているのだそうです。

 ガランさんは床屋の主人です。生まれつき片足がありませんが、身体障害者向けの就労プログラムに参加して、理容の技術を身に付けました。明るい性格で近所の男性たちはだいたいガランさんに髪を切ってもらっています。

 「なるほど。ガランさんはいい兄貴ってかんじだもんね」
 「でも、気をつけなよ、みどり。あそこは(クスリ)やってるって話だから」

 え?
 ガランさんのところで?
 うそうそうそうそ。
 我が家のすぐ近くやん。そんな近くでドラッグやってるっていうの?

 私の動揺を見透かしたのか、夫はダメ押しの一言を添えました。

 「言っとくけど、ジャヤの父親だってやってるからね」
 「嘘でしょ」
 「みんな知ってるよ」
 「私は知らないよ!!」

 パーティーアイランドと言われるギリトラワンガンを拠点にして、薬物が流通しているのは知っていました。が、こんなに近所の村の人が使用しているとは思ってもみませんでした。

 認識が甘かったな。さぁ、どうするか。

 まずは、ジャヤが元気で安全な場所にいると確認できること。その次に、ジャヤと今後について話し合うこと。必要なことはこの2つだな。

 私は翌日、昼間の明るい時間帯に、ガランさんの家を訪ねることにしました。(つづく)

岡本みどり(おかもと・みどり)
2010年から2年間、青年海外協力隊の栄養士隊員としてロンボク島の西ロンボク県へ派遣される。2012年、任期満了後に結婚。北ロンボク県へ移住し、現在に至る。2018年のロンボク地震被災後は、家族のストレスケアのため、家族中心生活へ移行。2020年7月から2024年6月まで、地元の観光専門高校で日本語教師。

インドネシアの学校ってどんなの? 「ぼくせん〜ロンボク先生日記」バックナンバー
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