「困った姑日記」 映画で知るバタックの世界 孫を熱望する姑をコミカルに描く 【インドネシア映画倶楽部】第73回

「困った姑日記」 映画で知るバタックの世界 孫を熱望する姑をコミカルに描く 【インドネシア映画倶楽部】第73回

Catatan Harian Menantu Sinting

ジャカルタで暮らすバタック民族の家族を描くコメディー。その伝統的な価値観と世代間ギャップが笑いを生み出す。映画から知るバタック世界が興味深い。

Catatan Harian Menantu Sinting

文と写真・横山裕一

 タイトルでは「困った」としたが、これに相当する原題の単語SINTINGは「気が狂った」が主な直訳で、文字通り姑の行き過ぎた行動とそれに振り回される新婚夫婦の姿から生まれる面白さを描いたコメディ作品。主人公家族はスマトラ島・北スマトラ州に分布するバタック民族だが、本作品では首都ジャカルタで生活するバタック民族の家族をその民族特性をうまく活かしながら描いている。

 サハットと結婚した女性ミナルは、サハットの母親と同居して新婚生活を始める。ここには未婚の長男も同居している。ミナルは当面同居しながら貯金し、いずれは新居で夫婦2人での生活を楽しむことを夢見ていた。夫のサハットも理解を示し、子作りは当面見送ろうとしていた。

 しかし、姑にとってはバタック民族の家族として「マルガ」と呼ばれる苗字・家系を絶やさないことが第一で、後継である男の子の孫が少しでも早く産まれることを熱望していた。このため、姑はミナルの夜の生活などプライベートにまで行き過ぎた口出しをしてくる。困り果てたミナルと夫のサハットは早々に新居を見つけて夫婦水入らずの生活を始める。ところがある日、長男と喧嘩した姑が家を飛び出して、ミナルとサハットの新居で同居したいと申し出てくる……。

 バタック民族は父系社会で、苗字・家系を守ろうとする意識が特に強い民族としても知られている。作品内の姑の行き過ぎた行動はコメディ映画ならではだが、ストレートな話口調をはじめバタック民族の特性がうまく盛り込まれていて、それが笑いに転化されている。作品では首都ジャカルタに住むバタック民族が描かれているが、故郷から遠く離れても民族のつながり、伝統を持ち続ける姿が的確に描かれている。作品内でも近代施設内ではあるが、結婚や妊娠を祝う伝統儀式が登場し、興味深い見どころのひとつだ。

 実際にジャカルタ内にもバタック民族の集落が何カ所か存在していて、特に東ジャカルタのチリリタン地区のバタック集落には、狭い地域に10カ所以上の教会があり、週末には大通り沿いにバタック料理の屋台が賑やかに並び立つ。日本では地方出身者が集まる東京ではあるが、田舎者扱いされるのを避けるために地方出身色を隠しがちではあるが、インドネシアでは地方民族が首都ジャカルタで暮らしていても、自らのアイデンティティを誇りとして持ち続けているのは、単一民族と多民族というお国柄の違いかもしれない。

 同じバタック民族の家族をテーマにしたヒットコメディ映画に「ドキドキするけどいい気分」(Ngeri-Ngeri Sedap/2022年作品:NETFLIXで配信中)がある。この作品は、故郷を去った息子たちを父親が呼び戻そうとする物語で、バタック民族の地元として代表的な地域でもある北スマトラ州のトバ湖周辺が舞台。今回の作品とは舞台が民族の地元と首都ジャカルタと異なるが、いずれもバタック民族の伝統を守ろうとする人々が描かれる。一方で両作品とも、民族伝統を蔑ろにするわけではないが、現代社会に即した生き方も重視する子供たちという世代間の価値観の違いが浮き彫りにされている。またこの世代間格差から笑いを生み出す手法が、ともにコメディ作品としてうまく表現されている。

 日本でも家族の後継問題はあることから日本人が観ても本作品のそれぞれの立場に共感は持てるうえ、興味深いバタック民族の世界を知る意味で、本コメディ作品を是非劇場で楽しんでもらいたい。

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横山 裕一(よこやま・ゆういち)元・東海テレビ報道部記者、1998〜2001年、FNNジャカルタ支局長。現在はジャカルタで取材コーディネーター。 横山 裕一(よ…
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