ここは北ロンボク県、観光専門高校。私は日本語教師、ぼくせん(ロンボク先生)。教員2年目に入り、騒がしくも楽しい日々が流れています。新しい一年生はやんちゃな子たちが揃いました。
※本文中の名前はすべて仮名です

「先生、ジュース買ってー」
休み時間になると、男子生徒たちが次々と先生のもとへなだれ込みます。私の生徒たちも、明るく、調子よく、何度もやって来ました。もちろん買ってもらえませんが、万が一にも買ってもらえたら大ラッキー。とにもかくにも、言うだけ言ってみるのです。
それにしても、男子生徒たちの多くは、いつも腹を空かせています。親からもらったお金だけでは足りない様子。スラリと背が高く、手足の長いディンも「空腹チーム」のメンバーです。ある日、ディンは廊下の柱に寄りかかりながら、隣のクラスの生徒2人を呼んでいました。
「楽しそうだね。なんの話?」
「ビジネスの話ですよ」
ニヤリとしたディンに、ほうほう、何かアイデアを思いついたのかな?と私は期待を寄せました。「へぇ! うまくいくといいね」と一言二言かけて、そのまま教室へと向かいました。
その次の日。職員室で、ディンと何人かの生徒が、うなだれて座っているのが見えました。生徒指導の先生(スクールカウンセラーのような相談業務と生徒指導の両方を行う。「guru BK=Bimbingan Konseling」と呼ばれる)に、なにやら説教をくらっています。
「まったく何をやらかしたんだ……」
彼らを横目に職員室を出て、教室へ。授業中、ふと窓の外を見やると、さっき怒られていた生徒たちが校庭で草抜きをしていました。何かの罰を受けているのでしょう。なかなかのことを仕出かしたみたいです。
授業後、草抜きを終えて解放された様子の彼らと会いました。皆、ダラリとテラスに腰掛けています。
「疲れてんね」
「そうなんすよ。僕ら草引きしてたんス」
「うん、見えてたよ。職員室でも怒られてたよね。何やったの、あなたたち」
ディンが下を向いたままボソっと答えました。
「段ボール箱を持って、各クラスを回って寄付を募ったんです」
私たちの学校では、学内の生徒が手術をする際や生徒の親が亡くなった時などに、その生徒のクラスメイトたちが各クラスを回って寄付金を募ります。床上浸水の被害が出た地域の生徒たちや、シリアの人々のために寄付を集めたこともありました。
「寄付って、どうかしたの?」
私は誰かが病気にでもなったのかと思い、ディンに聞き返しました。
「いや、僕らの昼飯代……」
つまり、彼らは何かあったかのように装って寄付金を募り、自分たちで使おうとしたのでした。一瞬の静寂のあと、意味がわかった私は大笑い。「あははは、そりゃ怒られるわ」。怒られると思っていた彼らは、私の笑い声に一気に態度を緩め、「うまくいくと思ったのになぁ」「なんでバレたんだろう」「だぁ、草抜き疲れたぁ」などと口々にこぼしました。
昨日のビジネスの話ってこれだったのかぁ。うまくいくようにと願った時間を返してくれー(笑)とは、実はまったく思わず、私は「やるな」と舌を巻きました。確かに、みんなをだまそうとしたのは良くないです。しかし、「お金がないなら自分で稼ごう」と計画を練ったこと、その計画に友達を巻き込めること、実行したこと、どれも、なかなかのものですよね。
「次はみんなが喜ぶアイデアを考えられるといいね」

2年後、ディンたちの学年の卒業式。コロナの後で資金不足に陥っていた学校は、かろうじて卒業式は行ったものの、お別れ会は開催できませんでした。あらかじめ、それを告げられた卒業生たちは、何カ月も前から、毎日1人2000ルピア(約19円)のお金を積み立てました。
そのお金で、全員の思い出となる動画を撮影するために必要な機材をレンタルし、校庭を使って、自分たちでお別れ会を行いました。夕暮れから夜にかけて、色とりどりのライトを光らせ、卒業生全員で歌を歌いました。
先頭に立って、このイベントの音頭を取ったのがディンとその仲間たちでした。今度は事前に先生方の許可も得ていましたよ!
「すごいやん」
ディンはいつか、ロンボクを代表する起業家になるかもしれませんね。

