文と写真・鍋山俊雄
ジャンビ州はスマトラ島中部の少し南寄り、リアウ州の南側に位置する。大航海時代の16世紀、ポルトガルを筆頭に欧州列強が香料を求めて現れるようになるが、その少し前の15世紀初頭、スマトラ島とマレー半島に囲まれたマラッカ海峡にはマラッカ王国があり、中東、インド、明(中国)、琉球などとの交易が盛んに行われていた。
このマラッカ王国は、この地域を長く統治していたスリウィジャヤ王国(7〜14世紀)の最後の王子が興したとする説がある。ジャンビは、このスリウィジャヤ王国時代に、パレンバンと並ぶ、交易の中心地の1つだったとみられている。
インドネシアで、チャンディ(Candi)と呼ばれる石造寺院遺跡。最も有名なのは、ジャワ島中部のジョグジャカルタにあるボロブドゥール遺跡(仏教)とプランバナン遺跡(ヒンドゥー教)だが、スマトラ島にもチャンディはいくつかある。前回、リアウ州のムアラ・タクス(Muara Takus)をご紹介したが、ジャンビ州にも、チャンディ・ムアロ・ジャンビ(Candi Muaro Jambi)という、広大な仏教寺院群がある。
ボロブドゥールのように、巨大な寺院が1つ、どーんとあるのではなく、「寺院群」というだけあって、バタンハリ川沿いの7.5キロ、約12平方キロメートルの地域に、80余りの寺院跡(ただし、大部分は土台部分のみ)が点在している。東南アジア地域で最大級の広さを持つ寺院群の1つとされる。
建造は11〜12世紀ごろと推定されており、スリウィジャヤ王国、あるいはムラユ王国の建造物と考えられている。この寺院群遺跡は、2009年からユネスコ世界遺産の候補に挙がっており、現在でも暫定リストに名前が入っている。
ジャンビは、ジャカルタから約1時間のフライトで到着する。ジャカルタで手配してあったレンタカーのドライバーと空港で会い、早速、ムアロ・ジャンビに向かった。車で40分ぐらい、バタンハリ川沿いを進むと、ムアロ・ジャンビの入口が見えてくる。最近は少しずつ観光名所としても整備され始めているようで、駐車場からの道の脇には土産物屋も目立つ。
入口を入って、開けた目の前には、広大な野原にぽつぽつと、レンガ積みの小高い建物が目につく。高さは、最も高い所でもアパートの3階ぐらいだろうか。
この遺跡群は熱帯林に埋もれていたのを19世紀初めに発見され、1975年から、インドネシア政府が発掘調査と復元をしている。どれも形は非常に似ていて、まだ修復途中なのか、あるいは完成形なのか、見ただけではわからない。形は、ジャワ島でいくつか見たことのあるチャンディとは違い、お隣のリアウ州のムアラ・タクスとも異なる。
園内は最初に地図で見た通り広大で、チャンディは東西に点在している。レンタル自転車(1台1万ルピア)で回ることにした。案内に沿って、入口から東側、そして西側へと走ってみて、数カ所のチャンディを見学した。
進んでいくうちに、「Candi Sialang」と看板は出ているものの、単に、崩れたレンガの山となっている所を見つけた。まだ修復されていない状態のチャンディで、このような状態の物が、この広大な地域のあちこちに数十もあるのだろう。
道は舗装が終わるとレンガを敷き詰めた観光歩道になる。中心から少し離れると、そのレンガが崩れ、雑草も多く、自転車ではなかなか進みづらい道になってくる。東西ともに15〜20分も自転車で進むと、人気のない森の中へと入り、表示もあまりなく、1つのチャンディから次のチャンディへの距離も離れている。
修復済みのチャンディは中心部に集まっているようだ。あまり遠くへ行っても、単に瓦礫の山や土台のみとなっている所が多そうなので、元の場所に引き返すことにした。
今から1000年近く前は、この地域はどのような姿だったのだろうか。瓦礫の山も、かえって想像をかきたてる。
午後からは、ジャンビの街中を見学した。ここの大モスク(Mesjid Agung)は、独特のデザインだ。壁がなく、柱のみで支えられており、「1000本柱のモスク」として有名だそうだ(実際の柱の数は256本)。壁がなく、風通しが良くて涼しそうだ。各州を旅行する時、大モスクは街の象徴でもあるので、できるだけ行くことにしているのだが、このユニークなモスクは中でも印象深かった。
次は、街の中心を流れるバタンハリ川を渡る橋「Gentala Arasy Bridge」へ。比較的新しい街のアイコンである、この吊り橋は、2012年に建造された歩行者専用橋だ。バタンハリ川を直線ではなく、S字形をした530メートルの道路で渡っている。車が通らないので、歩行者が思い思いにゆっくり、橋の上から川の景色を眺めながら渡って行く。マーケットのある側から渡った反対側には、「Gentala Arasy Tower」という時計台があり、こちらも橋と並んで、街のアイコンだそうだ。
ジャンビはジャカルタから近いので、これらのポイントを回るだけであれば、日帰り旅行でも十分に楽しむことができる。今となっては地方都市だが、このマラッカ海峡周辺が賑やかだった時代の歴史を今の風景に重ねて、この地域を巡るのも楽しい。