2日目は、1日目と同じガイドの案内で、バンダネイラより西に位置するルン(Run)島とアイ(Ay)島を巡る。宿で朝食を取った後、集合場所に向かう。フランス人女性旅行者2人がツアーに加わり、ガイドと4人で島巡りとシュノーケリングの旅だ。

一番西側のルン島までは約1時間強。海はとても穏やかで、舟は滑るように進んでいく。手前にアイ島、左奥にはルン島が、徐々に近付いてくる。面白いことに、2つの島の上だけに、ぽっかりと雲が浮かんでいる。

まず、奥のルン島に到着し、最初のシュノーケリングポイントに向かった。水面下にはサンゴ礁が広がっている。30分ほどシュノーケリングを楽しんだ後に、ルン島の中を散策した。


海沿いの家の前にはナツメグの種や、メース、そして、近海で捕れた魚を干している。色とりどりの花が咲き乱れる風景の先には青い海が広がり、子供たちが駆け回り、ゆったりとした時間が流れている。

2019年ジャカルタ・ジャパン祭りの写真展で日本大使賞を受賞した写真




今となっては小さな村があるだけのルン島だが、香料貿易の覇権を争っていた時代、ルン島を抑えていた英国と、香料諸島全体の覇権を狙うオランダが対峙していた。第二次英蘭戦争の結果、結ばれたブレダ協定により、オランダは現在のマンハッタン島を含む北米植民地を英国に譲り、他方、このルン島や南米北岸のスリナム等を得た。この協定から約350年後の現在のニューヨーク・マンハッタン島の繁栄を見ると、当時、いかに香料に価値があったかに思いを馳せさせられる。

ガイドが持って来た紅茶を飲みながら一休みしていると、一隻のボートが島に到着した。警備員と一緒に、カバンを持った人が通り過ぎて行った。バンダネイラには銀行の支店があるが、周辺の島には銀行もATMもない。このため、定期的に、このように現金を持った行員が島を周っているのだそうだ。
一休みした後、ルン島のすぐ横の小さな無人島であるナイラカ(Nailaka)島に立ち寄り、木陰で昼食を取った。目の前は青い空と蟹が歩き回る白い砂。それ以外は何も見えない時間を過ごす。そこで2度目のシュノーケリングをした。


その後、いったんルン島に戻って、地元の人を乗せてアイ島まで移動した。アイ島では大きなジャックフルーツがなっている木などを見ながら、島歩きをする。

この島も、かつては英国が支配していた。1615年のオランダ上陸時に島民は抵抗し、多数の死者を出しながらもオランダの進駐を許さなかった。しかし、翌年に、オランダはイギリスと、このアイ島とマルクのセラム島を交換。こうしてオランダが再侵攻し、多数の島民の死者が出て、一部は島から逃げ出した。オランダは占領後、島内にレベンジ要塞(Benteng Revengie)を建造している。このレベンジ要塞は17〜18世紀に起きた2度の地震で半壊するが、その後もVOC罪人の流刑場所として使われていたという。



再び船に乗ってバンダネイラに向かう。左にバンダ・アピ島(Pulau Banda Api)のアピ山が見えてくる。ここには登ることができ、この日のツアーで一緒になったフランス人はすでに登ったとのこと。頂上まで2〜3時間のトレッキングだそうだ。


バンダネイラに戻り、その晩は近所のカフェでナシゴレンを食べた後、屋台が立ち並ぶ公園でアイスコーヒーを飲みながら夜空を眺めた。夜になって涼しくなった公園には、たくさんの親子連れや友人同士がいて、おしゃべりを楽しんでいた。(「バンダ諸島㊦」へつづく)


