進める?留める?進級会議 ㊦ 最後の1週間の攻防 【ぼくせん〜ロンボク先生日記】#12 

進める?留める?進級会議 ㊦ 最後の1週間の攻防 【ぼくせん〜ロンボク先生日記】#12 

2022-08-11

文と写真・岡本みどり

前回のおはなし>
ここは北ロンボク県、観光専門高校。私は日本語教師、ぼくせん(ロンボク先生)。留年候補の生徒たちの保護者会を通じて、授業態度や成績に問題がある生徒たちはほぼ、家庭で親からあまり関心を持たれていないことがわかりました。学校は留年候補生徒に猶予を設け、1週間後に最終評価を出すことにしたのでした

補講中の生徒
補講の課題を頑張る生徒たち

 泣いても笑っても最後の1週間。

 先生も生徒も必死で補講や追試を行いました。私を含む非公務員の先生にとっては、無給の時間外労働です。たった一人の生徒のために学校まで行って補講をした日もありました。学校へ来なさいとの指示に「はーい」と調子よく返信してきた生徒が、約束の時間に学校に来ず、1時間待ちぼうけをしたこともあります。

 ふざけんな。テメェの猶予期間だろうが!

 怒り心頭、胸ぐらをつかんでやりたい気持ちでも、前回の保護者会で聞こえた声にならない叫びを思い出して、サバール(辛抱)、サバール。

 忍の一文字。教師ではなく、忍びの一族になった気分です。先生も大変だよぅ。

 そうそう、一度も授業に出てないのに「先生お願い」と言ってきた生徒もいました。ごめんやけど、さすがにそれは無理。却下です。

*  *  *  *  *  *  *

 1週間経って、先生たちの間で最後の進級会議が開かれました。

 今回の進級会議は以下のような方法で進みました。

①1組から順に、担任の先生が進級・留年ギリギリラインの生徒の名前を挙げる。
②前回の評価でその生徒に落第点を与えた先生方が、一人ずつ、「進級」「留年」のどちらかを言い渡す。
③落第・進級の条件に照合して進級の可否を決定。私情や生徒の事情は挟まない(評価をつける段階で、すでに考慮しているため)。

 これだけのシンプルなものです。

 「じゃあ、〇〇君から。どうですか、教科担任の先生方?」

 生徒が一人ひとり、まな板の上に置かれ、各先生が進級か留年かを伝えます。

 「進級です」「留年」「進級」「留年で……」

 私は、補講をはじめ、あらゆる手を尽くして考えて評価を出しました。その結果、何人かの生徒には「留年」と言わなければなりませんでした。「留年」と口から出すだけなのに、唇が震えました。彼らの人生の決定権の一端が私の手の中にあるのです。重い、重い一言でした。

 一通りの評価を出し終わった後、「先日よりは良くなったものの、まだ例年に比べて留年生が多いから、やっぱり、もう少し基準を緩くしましょうか」と校長先生が言い始めました。

 「なんですって!」

 「先日の保護者会と、この1週間は何だったんですか」

 「すみません、校長先生。でも、言わせてもらうわ。それは『罪』ですよ!」

 若い女の先生が言いました。

 「留年と決めた生徒には留年すべき理由があるんです。誰でもやすやすと進級させていたら学校の信頼度が落ちます。それに、ほかの生徒だって『あれで進級できるんだ』って、やる気をなくします。これで進級させるなんて詐欺です、『罪』ですよ!!!」

 その先生は悔しさのあまり泣いていました。あわわわ……と他の先生たちが、泣き崩れる先生のフォローにあたります。

*  *  *  *  *  *  *

 「罪」という言葉は、日本人が聞いて受ける印象よりもはるかに重い意味を持ちます。人として、神の前でやってはならぬことをしているという響きがあります。

 現に、この先生は「罪」という言葉を使う前に、わざわざ「すみません」と断ったし、この先生が「罪」と発した瞬間、他の先生方がハッとおののいた雰囲気になりました。「罪ですよ」と発することは、こちらの人々が何より忌み嫌う地獄行きへのイエローカードを配るに等しいのです。

 こんな強烈な言葉を使わざるを得ないほどに、覚悟を決めて「留年」を言い渡した先生たちには、校長先生によって1年分の自分の仕事を否定されたように感じました。

 結局、元々決めていた通り、各担当教師の最終評価を尊重して生徒の進退を決めることになりました。少し気分が落ち着いてから、校長・クラス担任と激しくぶつかった先生たちが個別に面談をして、ごく数名の生徒の成績にだけ微調整を入れたと聞きました。

*  *  *  *  *  *  *

 そんなこんなで、翌日。ようやっと、全ての生徒に成績表を配布することができました。

生徒らと(左から2人目が筆者)
生徒らと筆者(左から2人目)

 明らかに留年する成績だった生徒はあきらめもつきますが、当落線上ギリギリだった生徒たちは悲喜こもごも。泣いて抗議をした生徒もいました。苦い顔で生徒を諭す担任の先生方。心労はいかほどでしょうか……。

 なんにしても、初年度の授業も行事も全て終わりました。怒涛の日々を終えたばかりなのでゆっくり休みたいところですが、数日後にすぐ、新学年を迎えます。

 難しくもやりがいのある先生稼業。生徒と一緒に学びながら、2年目に突入です。

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