文・写真…池田華子

「日本の中古電車が走る街」として鉄道ファンを惹き付け始めつつあるジャカルタ。その魅力は、東京近辺で身近に利用していた電車がジャカルタの通勤電車になっている、という点ではないだろうか。日常生活で普通に乗っていた電車たちが、いま、ジャカルタの高層ビルの下を、モスクをかすめるようにして、熱帯の緑の中をゴトゴトと走っているのだ。

2000年、日本の中古電車のインドネシアへの輸出が始まった。そして現在(2014年6月、記事掲載時)、ジャカルタに集結している日本の電車は11種類。ニューフェースは2013年に譲渡された埼京線の205系車両だ。同じ205系の横浜線の車両も譲渡されることが決まっており、205系はこれから「ジャカルタの顔になる」(小嶋真人さん)見込みだ。

205系を見に、日本からジャカルタまでやって来たのが小嶋さん、同じく東京メトロ運転士の松丸大介さん、電気技術者の馬上行広さん、車掌の山本佳典さん、そして『205の軌跡』を発行した岩間迅さんの5人。

205系は国鉄がJRになる直前に作られた電車だ。「コスト削減」のかけ声の下、ステンレス製車両を作る技術を持っていた会社に強制的に技術開示させ、大量生産で作った。仕組みの簡単な「省エネ電車」だったほか、黒で引き締まった車体に帯という、スタイリッシュなデザイン。「今でも通用するデザインの基礎を築いた」と岩間さん。その205系も、新型車両の導入で、徐々に引退が始まっている。

ジャカルタに来るのが初めての岩間さん以外の4人は2年ぶりの再訪となる。「ジャカルタのごちゃごちゃ感がなくなった」(山本さん)、「日進月歩」(小嶋さん)と口をそろえた。ジャカルタの通勤電車事情も2年前とは大きく変わった。最も大きな変化は電子改札を導入したこと。無賃乗車、車内での物品販売や物乞いなどをすべて締め出し、ホームも車内も、以前のような混沌とした風景はない。つい最近までのジャカルタ名物だった「電車の屋根にたくさんの人が乗る」光景も最早なく、ジャカルタは着実に近代化の道を歩んでいる。

5人はデポック車両基地で整備中の電車を見学したり、実際に電車に乗ってみたり、マンガライ駅やジュアンダ駅、そして線路脇に立って電車を撮影した。
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電車に乗ったり電車の写真を撮る時に活躍するのが、小嶋さん作の『ジャカルタ時刻表』。インターネットの情報を突き合わせ、長年の勘を頼りに制作したもので、ほぼ毎年、改訂している。最新版(2014年5月号)は、日本の時刻表で使われているフォントを作成した台湾人に許可を取り、日本の時刻表と同じフォントを使用している。このため、以前の号よりもさらに「見慣れた」時刻表になり、時刻表のスペースが縮まったためにコンパクトになった。
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「台湾では日本製の特急電車が走っています。ジャカルタも、走行距離が100キロを超えると、通勤電車ではちょっと辛い。いずれは特急ができ、日本からの電車が入るかもしれません」と小嶋さん。

いつか、日本から来た特急電車がジャカルタを駆け抜ける日が来るかもしれない。楽しみだ。(「南極星」2014年6月号掲載)

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電車には自分の指紋が付いている。
山本佳典さん(東京メトロ車掌)の話

自分が乗務した電車がインドネシアで走っているというのは、感動以上。感慨深いです。電車には自分の指紋が付いているんですよ。

それぞれの車両の特徴があって、冷房の効かない編成が来た時のうんざり感、「この車両は加速が悪い(いつも遅れるんだよね)」とか。自分が車掌見習い試験を受けた車両とか。車両番号を見ると、思い出がよみがえります。

車両番号7021の電車がジャカルタで衝突事故を起こして壊れてしまった時、有楽町線に勤務する人たちの間でニュースはすぐに広がりました。「あーあ」「やっちゃったなぁ」と非常に複雑な気分でした。自分が乗ったことのある車両が壊れるのは複雑。だから、大切に使ってほしいし、きれいに使ってほしいです。

フィリピンに譲渡した電車が1カ月も経っていないのに廃車になったと聞くと、非常に残念な気持ちです。直し方がわからないんですね。その点、インドネシアでは直し方がわかっているし、整備士は日本にも研修に来ています。日本からインドネシアに来た車両は恵まれた環境にあると思います。

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