カラフルな表紙の本5冊。ページをめくった先にはどんな世界が広がっているのか、ワクワクさせられる。ジョグジャカルタ近郊のボロブドゥールに住むアーティスト、石井泰美さんが作ったZINE(ジン=自主制作冊子)だ。テーマはサル、龍、猫、おばけ、旅。「これまで自分がやってきたことの点と点が結び付いて線になっていく」とZINE作りの楽しさを語る。(文と写真・池田華子、トップ写真は石井さん提供)

きっかけは「イし本」
石井さんが2024年末から立て続けにZINEを作るきっかけになったのは、「イし本〜インドネシアの推しを語りつくす本」(渡辺尚子さん編、2024年12月発行)。これに寄稿する文を書いていて楽しく、さらに、出来上がって送られて来た本を手に取った瞬間、「ほーっ!!」「うわーっ!!」という衝撃を味わった。
ぱらぱらっとめくった時の、紙の質感。スマホやパソコンの画面を通して読んでいるだけでは得られないフィジカルな喜び、物質を手に取った時のダイレクトな喜び。それにものすごく感激した
日本で旅系ZINEを作っている友達のぽるてぃさん(IG : https://www.instagram.com/portytravel?igsh=bnJpbGl5M2gwMW00)に「泰美さん、なんでZINE作らないの? 作ればいいのに」と言われたことも背中を押した。元々、グラフィックデザイナー。「そう言われてみたら、作れないことはないなぁ……やってみようかな?」で始まった。
サル → 猫 → 龍
最初に思い付いたのは、約20年間も一緒に暮らしているサル(名前はモナミ)の話だ。SNSでの反応も良く、自分もアップしていて楽しいのがサル。ファンも大勢いて、「サル目当て」で石井さんのカフェに来る人もいるぐらいだ。
20年にわたって撮りためた写真を時系列で整理するところから始め、「それが一番大変だった」と言う。自分のために作るZINEだから、「制約はなるべく取っ払おう。最初から『何ページ』とか決めずに、載せたい写真は全部載せてみよう」と思った。「自分の満足感を優先」して作った結果、186ページという分厚い本に。
ページをめくると思わず笑ってしまう、喜怒哀楽も露わにする、表情豊かなサルの写真が満載だ。サルの好きな果物ランキングも最高。そして、ただ「かわいい」だけでなく、サルを飼うことになったいきさつ(駆除されるところを家族がレスキュー)、サルの掟や共存への模索、「安易に飼わない方がいい」ということまで、きちんと書かれている。長い年月をかけて関係を築いてきたサルへの愛おしさがあふれた本だ。


本の形になって印刷所から上がってきた時の喜びが半端じゃなかった。SNSで「いいね」がいっぱい付いた、とか、絵が描き上がった時の達成感とか、そういうものとはまったく別物で、「ダイレクトにズバンと来る喜び」みたいなのがあった
「また作ってみよう」という気持ちになり、2冊目は「猫」。これまで描いた作品の中から猫の絵ばかりを集めて、文章を付けた。「一つにまとめることによって、自分の作品を改めて客観視できる」と石井さんは言う。

自分の作品集をZINEにする理由とは。
絵画は高価な物じゃないですか。「そんな金額じゃ買えないな」という人もいるし、買った人が寝室に飾ったら、ほかの人の目に留まることはほぼなくなる。気軽に楽しめる物もあった方がいいし、自分で描いた絵は見てほしい。だけど、デジタルにすると、どんどん実体のない物になっていってしまう。ZINEなら「物」として残せて、オリジナルの作品により近い
サル、猫と来て、その次は、架空生物である「龍」。自分の描いた龍の絵のほか、インドネシアのバティックやワヤン、アンティークの陶器の皿などに描かれた「ジャワで出会った龍」を紹介している。

龍の実物を見た人はいないのに、世界中でリアルな描写がなされているのが面白い。いろんなルーツがあり、その土地で育っていく龍がある
SNSとは違うメディアになる面白さ
次は旅本。ジャカルタ在住の友人たちと中欧旅行をした記録の「おば旅フォト日記」は、一緒に行った友人限定でアルバム代わりに作ったのが最初。その本はなんと、印刷可能なぎりぎりの厚さの448ページ。そこから、人の入った写真を消して、ページ数を減らして(それでも300ページ!)、作ったのが、この本。
ジョグジャカルタを出発する時から帰国するまでの23日間を、写真と文章による日記調でつづる。ページをめくると、まるで一緒に旅をしているような臨場感。旅行雑誌の記事は「肩に力の入った、よそゆきの旅行」だが、これは「普段着の旅行」。長く住んでいるアジアを出てヨーロッパへ行き、知らない世界に驚き、感動する様が伝わってくる。自分も旅に出たくなる。


この旅の様子はSNSでもアップしていた。
SNSは楽しく利用していて、その時、そのシーンで切り取る「ライブ感」「生(なま)感」がいいと思う。だけど、時間の経過と共に流れて行ってしまい、埋もれてしまうのがもったいない。ZINEはそれを時系列で並べ直して「固定化」することができる。SNSとはまったく違うメディアになる面白さ!
やってみないとわからない! 一番売れたのは?
最新作である「インドネシア ジャワ島の神秘世界」は、ジャワに約30年も住む間に得た知識をベースに、ジャワのおばけや妖怪の数々、呪術や神秘スポットなどを縦横無尽に語る。ちょっと耳にしたことのある「ジャワあるある」な不思議話が体系立ってまとめられているので、便利な上に貴重だ。
この本を作っている間は、家族から「怖い。気持ち悪い」「こんなの作るの、やめようよ」と大ひんしゅくだったが、蓋を開けてみると、制作した中で一番売れているZINEになった。「やってみないとわからない」と石井さん。ただし、売れることはそんなに重視しているわけではなく、「売れることはおまけみたいなもの。ZINEは、『売れる・売れない』『人に見られてどうか』とか、いっさい気にしなくていい世界」と考えている。

この本の一番のポイントは、石井さんの描いた絵だろう。おばけや妖怪などは、もちろん写真など存在しない。しかし、ビジュアルなしではつまらないので、「これは自分で描くしかないな」と思ったという。「ホラーじゃないし、人を怖がらせたいわけではない。なるべく『怖さ』を排除して、嫌悪感や恐怖心を抱かないで済むように描いた」と石井さん。
そうやって描かれた妖怪たちに「おどろおどろしさ」はなく、どことなくユーモラスで、その辺に普通にいそうに思える。せっかく描いた絵は、シールやアクリル・キーホルダーなどのグッズにもした。ユニークさと「キモカワ」を面白がって買う人、多数。この本はインドネシア語化の要望もあるため、「インドネシア語版を作ろうかな」と考えている。

ZINEを媒介にして人とつながる
ZINEは「作って終わり」ではなくて、作った後に交流が生まれて関係が広がっていくのが楽しい。石井さんはこれまで、日本のZINEフェスに2回参加した。「ZINEフェスに出る人は作り手であり、買い手でもあり、とても良い循環が生まれる。皆で共有できる楽しさと、そこから生まれるエネルギーに圧倒された」と語る。

「以前にデザインの仕事をやっていたこと、絵を描けること、動物を飼っていることなど、全部が無駄になっていない。点と点がつながって、ちゃんと線になることが実感できた。それがZINEを作る楽しさ」と石井さん。次作は「おばけ本」のインドネシア語版か、「大工本」か、と構想中だ。
最後に、ZINEを作ってみたいな、という人に。
アウトプットしたいという欲求のある人は、「デザインできない」「絵を描けない」「印刷の知識がない」、そういったテクニック的な所でつまずくのはもったいない。ワープロ打ちでもいいし、紙に手書きした物を印刷してもいい。まずは、できるところから!
ZINE作りは絵を描く作業にも似ていて、頭の中だけであーだこーだと考えているうちはダメ。絵でも、「とりあえず下地を塗ろうか」と手を動かし始めると、どんどんつながっていく。最終的にフィジカルなものに結び着かないとアウトプットはできないので、まずは体を動かしましょう
石井泰美(いしい・やすみ)
東京の美大を卒業後、メーカーや広告代理店でグラフィックデザイナーとして勤務。1995年から中部ジャワ州ボロブドゥールに定住。アートギャラリー「Limanjawi Art House」(IG: https://www.instagram.com/limanjawiarthouse/)を経営。
■石井さんのZINE販売先
インドネシアではトコペディア「Limanjawi Art House」(https://www.tokopedia.com/limanjawi)「Baleo Books」(https://www.tokopedia.com/baleobooks)で販売中
・「インドネシア、ボロブドゥールで暮らすお猿、モナミの日常 Buku Harian Si Monami di Borobudur」(20万ルピア)
・「ジャワ島で猫の絵など描きながら思ったこと」(12万ルピア)
・「あの世とこの世の狭間 Boundary〜ジャワで出会った龍」(12万ルピア)
・「2025 おば旅フォト日記〜インドネシア住みおば5人+娘2人が旅をした記録 中欧編」(28万ルピア)
・「インドネシア ジャワ島の神秘世界」(12万ルピア)
日本では「アジアンミール」(https://asianmeal.weebly.com)のほか、「インドネシア ジャワ島の神秘世界」は「Calo」(https://calobookshop.shop-pro.jp/?pid=190588537)と「坐坐本本」(https://www.instagram.com/zazahonhon/)でも販売中
※「インドネシア、ボロブドゥールで暮らすお猿、モナミの日常 Buku Harian Si Monami di Borobudur」のみ、日本語とインドネシア語の両語併記。それ以外は日本語

