【インドネシア全34州の旅】#28 西スマトラ州  ブキティンギのグランドキャニオン

【インドネシア全34州の旅】#28 西スマトラ州  ブキティンギのグランドキャニオン

2019-10-19

文と写真・鍋山俊雄

 インドネシアの地名を見聞きする中で、よく出てくる言葉の1つに「Bukit」(丘)がある。その中で西スマトラ州にある街がブキティンギ(Bukittinggi=高い丘)だ。今はパダンに次ぐ西スマトラ州第二の都市。インドネシア独立戦争当時は、ジャカルタからジョグジャカルタに移されたインドネシア共和国臨時政府がオランダ軍の攻撃を受けて陥落し、スカルノやハッタがオランダ軍に拘束された後、ここブキティンギに臨時政府が設置されていた。

 財産や土地のすべてが母から娘に引き継がれる母系社会で有名な、ミナンカバウ人が大多数を占める。男性は出稼ぎに出て行くのが伝統である。以前、パダンにある顧客のオフィスを訪問した時に、運転手以外、オーナーから経理担当、営業担当まで全員が女性が出て来て、母系社会を実感したこともある。

 ジャカルタから州都のパダンまでは、飛行機で1時間40分ほどで到着する。空港は、その名もミナンカバウ国際空港。インドネシアでは英雄や王族の名前にちなんだ空港が多い中、ここではミナンカバウが空港名となっている。

パダンのミナンカバウ空港

 空港からブキティンギまで、車で約2時間。標高900メートル余りの小さな街だ。四方を山に囲まれ、気温も22℃ぐらいと涼しい。

 ホテルにチェックインした後、早速、のんびりと街歩きをしてみる。まず目に付くのが、街の至る所に見られる、ミナンカバウ建築だ。この伝統建築は「Rumah Gadang」と呼ばれ、ミナンカバウ語では「大きな家」という意味だ。切り立った屋根は水牛のツノをかたどっているそうだ。天に向かっていくつもの塔が伸びるような独特の形は、インドネシアのほかの地域でも見かけることがあり、すぐにミナンカバウの家だと分かる(インドネシア各地にあるパダン料理店もこの形が多い)。

ブキティンギの小学校
ブキティンギの郵便局
ブキティンギの国営電力会社(PLN)
ブキティンギの銀行

 雑貨小売店が階段沿いに並ぶ狭い階段を上っていくと広場に出て、その中心には街のアイコンとなる時計台「Jam Gadang」がそびえ立つ。オランダ占領時代の1926年に建てられた。日本の占領中には、神社風の装飾に変えられていたらしい。現在は白塗りの壁で、5段目に当たる時計部分の上は、ミナンカバウの「大きな家」様式に沿った形になっている。

 時計台の周辺は広場になっていて賑わっている。地元の中学生から「英語で話しかけていいですか?」と何回も声をかけられた。日本人が珍しいのだろうか。一方、歴史上では、オランダの占領以降、ここに日本軍が駐留しており、大きな洞窟も残っている(後述)。

 9世紀初頭にオランダが建造した砦(Benteng Fort De Kock)は、街中の高台にある。シンガラン山を背景に、街を眼下に望んで渡る吊り橋(Jembatan Limpapeh)の両側に、小さな動物園と砦がある。砦の建造当時は、星型の壁が周囲を囲っていたようだ。今では一帯が公園に開発され、色を塗り替えられた建物と砲台が残っているのみで、あまり「要塞」といった感じはしない。

吊り橋「Jembatan Limpapeh」
橋から見た街の眺め

 近くには伝統家屋の博物館(Museum Rumah Adat Baanjuang)があり、民族衣装などミナンカバウ文化の展示が見られる。

 翌日は、少し街外れまで足を伸ばしてみた。とんがり屋根の建物を眺めながら、30分ぐらい歩いた。目的は、街外れにある日本の洞窟(Goa Jepang)と、通称「ブキティンギのグランドキャニオン」だ。

 高地だけあって、思ったより暑くはない。ほかの街と違うのは、街路樹からセミの鳴き声が聞こえることだ。熱帯のインドネシアにもセミはいるが、その声を聞くことはめったにない。ブキティンギでは、日本のセミとは少し違うが、セミの鳴き声が聞こえた。

 日本軍が掘って潜伏していた洞窟が「Goa Jepang」で、今では観光名所になっている。インドネシア各地で数々の「Goa Jepang」を見た中でも、ここはかなり大きい。中は回廊になっていて、途中、いくつもの部屋がある。洞窟が延々と続くが、出口がいくつかあって、中は薄明るい。何もない風景も、かえって想像をかき立てる。

日本兵の銅像
Goa Jepangの入口
階段
内部

 洞窟の全体像を示した地図によれば、武器庫、牢屋、裁判所などがあり、また、現在は閉鎖されているが、かなり遠方まで地下通路が発達していたことがわかる。

Goa Jepangの地図

 洞窟を見学して地上に戻ると、その近くには「インドネシアのグランドキャニオン」こと「Sianok Valley」渓谷が広がる。本場のグランドキャニオンに比べてかなり緑が多いのだが、切り立った崖と、崖下の底地にある緩やかな川の流れといった景観が「グランドキャニオンっぽい」ということなのだろう。公園には野生の猿もおり、地元民の憩いの場所となっている。

 2泊3日で行ったので、ブキティンギの街の周辺にしか行かなかった。少し車で足を伸ばせば、Maninjau湖を望むPuncak Lawangなど、まだまだ景観を楽しめる所はありそうである。