文・池田華子、写真・岸美咲さん提供
今年はベートーベン生誕250周年。中部ジャワ・ソロで、ワヤン(影絵芝居)やガムランを学んでいる岸美咲さんは「ベートーベンが世界の全てだった」と語る。それがなぜ、インドネシアでガムラン、ワヤン?
ガムランとの出会いは高校3年生の時。「スコラ」というNHKの音楽番組で、「ドビュッシーが影響を受けた音楽」として、インドネシアのガムランが紹介された。その中で、東京藝大ガムランクラブがガムランを演奏するのを聴いた。
「金属、青銅で出来た楽器なのに、『見た目に反して』と言うか、あんなに柔らかい音がするんだ、ということが衝撃的だった。いい音だな、と思った」というのが最初の印象だ。
それまでは、毎日のピアノの練習に加え、中学の時からずっと吹奏楽部。圧倒的に西洋音楽に触れる機会の方が多く、民族音楽にはあまり興味がなかった。しかし、東京藝大に入学してから、なんとなく「ガムランをやってみようかな」とガムランクラブに入った。ガムランを始めて、やみくもに演奏しているわけではなく、曲の構造や拍の取り方にちゃんと決まりがあることを知る。
大学1年が終わった春休みに、初めてジョグジャカルタとソロを訪れた。いろんな所でガムランが流れ、あちこちでガムランの練習会が開かれていた。CD屋に立ち寄ると、置いてあるCDは海賊版ばかりで、ベートーベンのCDは、ある交響曲の第3楽章だけが入っているというナゾのチョイス。たまたま知り合ったジャワ人のおじさんに「ベートーベンって知ってますか?」と聞いたところ、「え? 何? 知らない」という答えだった。
「ベートーベンは日本人なら誰だって知っている。当たり前。それが当たり前じゃない世界がある、というのがちょっとショックだった」と岸さん。日本とは違って伝統音楽が身近にあるインドネシアを見て、「私は日本人なのに日本の音楽なんて全然知らない。日本の音楽やジャワの音楽について、もっと知るべきじゃないか。もっと腰を据えてガムランをやってみよう、と心に火が付いた」。
大学2年、日本の音楽や民族音楽を学びながら、日本のガムラングループ「ランバンサリ」のメンバーが教える市民講座に通うようになった。大学3年の時に、ランバンサリの正会員になった。そしてその夏、ランバンサリのワヤン公演にゴング担当として出演し、ワヤンと出会う。
「ガムランは、何を伴奏するかによって音楽の雰囲気が変わる。普段の演奏会では、ゆっくりした雰囲気になることが多い。しかし、ワヤンの場合は、劇に音楽を付けていくので、派手。装飾音をキラキラ細かく入れたり、太鼓の手も細かい。節目節目で鳴らすゴングも頻繁に鳴るので、派手になる。『すごい好みの音楽だな』と思った」
こうして、「ワヤンの音楽を勉強したい」と思い始める。そこからワヤンに興味が向かい、特にワヤンを一人で仕切るダラン(人形遣い)について知りたいと考え始めた。現代のダランが使用している音楽の特徴を分析して書き上げた卒論に続き、「ダランはどうやってダランになるのか」というテーマで修論に取り組んでいる。この一環で、2018年9月にソロの芸術学校(ISI)に留学し、ガムランやワヤンについて幅広く学んでいる。
「ベートーベンとガムランと、どっちが好きですか?」と聞くと、「今はガムランですね」と即答。
そこまでの魅力は何かと聞くと、「やればやるほど面白い」と言う。ガムランには約20種類の楽器がある。「運転手」に例えられる太鼓、「骨格旋律」を演奏する鍵盤楽器、骨格旋律を装飾するための楽器、弦楽器、歌。全部をマスターしようとすると何年もかかる。
「時間をかけて、いろんな楽器にチャレンジしていると、それぞれの楽器にこういうつながりがあるんだ、とわかってきて、深い理解が生まれていく。それぞれの楽器が難しくて、勉強のしがいがある」
将来は日本でワヤンの研究をしつつ、ガムランを指導したり演奏したり、ダランとしてワヤンの上演も行い、「日本でもっと気軽にワヤンが見られるようにしたい」と話す。「小学校や中学校で、ワヤン鑑賞会を開いたりできたらいいな」。
岸美咲(きし・みさき)
東京藝術大学楽理科卒、同大院音楽研究科在学中(音楽学専攻)。同大ガムランクラブでガムランを始め、日本のガムラングループ「ランバンサリ」会員。2018年9月からソロに留学し、ガムランやワヤンを学んでいる。茨城県出身。26歳。
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