Legenda Kelam Malin Kundang
親不孝者は石に変わる……スマトラ島ミナンカバウの民話を基にしたサイコスリラー。謎が謎を呼び、謎が解き明かされるごとに怖さは増していく。消えた記憶を巧みに操った見事な物語展開に圧倒される。
文と写真・横山裕一
今年は大物監督による話題作も目白押しだったが、それにとどまらず面白い作品が続々と登場し、年末にかけてもその勢いが止まらないようだ。今回の作品もその一つである。
西スマトラ州のミナンカバウ民族の民話で全国的にも有名な親不孝をテーマにした物語をモチーフに現代風にアレンジし、さらに人間の闇を浮き彫りにしていくサイコミステリーに昇華された作品。謎が深まり、それが解き明かされるごとに怖さが増していく見事な物語が展開していく。
物語の主人公は、小さな石に詳細な絵を施していくミクロアート画家のアリフ。冒頭、自ら運転する自動車の事故で一命を取り留めたものの、後遺症で部分的な記憶喪失を伴うと診断される。直後の面談で妻と子供は覚えていたが、アリフは妻のどこか他人行儀な様子や子供のおどおどした態度が気になった。やがて事故前とは大きく異なり、優しい性格に変わっていたと知らされるが、本来の自分はどんな人物だったのかアリフは思い出せず苦しむ。
そんな折、自分の携帯電話の予定表に母親が尋ねてくると記入されていた。しかし、母親がどんな人物だったか全く思い出せない。アリフは西スマトラ州ミナンカバウ民族の風習にならって、故郷を後にしてジャカルタで働いてきたが、その間、母親に会いに帰ることもなく親不孝をしていた。これも自ら事故前に話していたと、妻から聞いたことだった。
母親が自宅を訪ねたものの、アリフには母親の実感がわかない。違和感はあったが、母親の昔話や、子供が祖母になつく姿を見るうちにアリフ家族とアリフの母親は打ち解けたかに見えた。しかしある朝、母親が突如姿を消していた。謎が深まり、時折フラッシュバックのように頭に浮かぶ記憶の断片をもとに、アリフは謎を解明しようと試みる……。
物語のモチーフとなったミナンカバウ民族の有名な民話は作品タイトルにもある「マリン・クンダン」(主人公の名前)の物語。母親を一人故郷に置いて、都会で成功を収めた男が故郷に錦を飾ったものの、迎えに来た母親の貧しい姿を見て恥ずかしく思って無視をする。このため天罰が下って、男は石にされてしまう、親不孝を戒めた物語。本作品では事故後「人が変わった」アリフの過去にどんな親不孝があったのかが本人を通して解き明かされていき、現代版「マリン・クンダン」が浮き彫りとされていく。
違和感を感じた母親は何者だったのか、事故前の家族関係はどうだったのか、何より自分はどんな人間だったのか? 謎が紐解かれていくにつれて、思いもかけない事実に観る者も理解が追いつけないほど、目まぐるしい展開が待っている。まさに主人公の事故後の現在ある感情と消えた過去の記憶を巧みに操った物語展開に圧倒される。さらに終盤の悲惨な事実に驚愕してしまう。
物語は予想外に安寧なラストで終了する。ホッとしたのも束の間、民話「マリン・クンダン」のオチを考えると、この後どうなるかと鑑賞後もゾッとしてしまう作品だ。さすが、多くのホラーや今年上映されたスリラーアクション「トゲある丘で囲まれて」(Pengepungan di Bukit Duri)の監督を務めたジョコ・アンワル氏が脚本に共同参加しているだけあると唸らされてしまう。
謎そのものがが主人公本人の記憶にあるという、本格的な心理ミステリーを是非、劇場で楽しんでいただきたい。今年も充実したインドネシア映画界だが、年末になってもさらにその一端を味わえる作品である。(英語字幕なし)

