【特集】私の好きなインドネシアの本 <br>インドネシア近現代史の入門書。

【特集】私の好きなインドネシアの本 
インドネシア近現代史の入門書。

2017-08-18

お薦めする人 堀田昌志

土屋健治『インドネシア—思想の系譜』(勁草書房、1994)

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インドネシアはいかにして成立したのか。インドネシアを作り上げてきた思想、また、インドネシアをめぐって展開されてきた思想はどのようなものであるのか。

 はじめまして。大学院生の堀田昌志です。インドネシア初代大統領スカルノのライバル、スタン・シャフリルの政治思想について研究しています。本稿では、土屋健治『インドネシア—思想の系譜』について紹介いたします。私がインドネシア近現代史を勉強するに当たって最初に手に取った、思い入れのある本です。

 本書との出会いは学部生時代にさかのぼります。大学2年に進級し、私は東南アジア史ゼミに所属することになりました。高校時代から日本近現代史に興味があったこともあり、「研究するんだったら新しい時代が良いなあ」と思っていました。しかし、研究する地域までは、まだ決めかねていました。転機となったのは大学2年の夏。当時の指導教官の勧めにより、大学のプログラムで中部ジャワへ行ったこと(マゲランの山村でのホームステイが主な内容)がきっかけで、私は、インドネシアを自分のフィールドにすることに決めました。

 インドネシア近現代史と聞いて、まず思い浮かべる人物といえば、スカルノです。「まずはスカルノについて勉強してみようかなあ」と思い、指導教官に参考となる文献をお聞きしました。「じゃあ、これ読んでみたら」といって薦められたのが本書でした。

 序文の冒頭で、土屋先生は本書の主題について以下のように説明しています。

 「一つは、インドネシアはいかにして成立したのか、ということであり、もう一つは、インドネシアを作り上げてきた思想、またインドネシアをめぐって展開されてきた思想はどのようなものであるのか、ということである」

 19世紀から20世紀前半のオランダ領東インドにおいて、オランダによる植民地支配から脱し、インドネシア国家・民族・文化を形成しようとした知識人たち(政治活動家や文化人)が、その内容をどのように構想していたか。本書では、これらについて、当時を生きた彼ら・彼女らの著述物を基に検討しています。取り上げられている知識人としては、ロンゴワルシト、カルティニ、スカルノ、モハマッド・ハッタ、シャフリル、キ・ハジャル・デワントロ、タクディル・アリシャバナといった人たちが挙げられます。また、建国理念であるパンチャシラ概念が、インドネシア独立以後にどのように成立・展開し、スハルト政権下において、いかにして国民に浸透が図られたかについても、検討がなされています。ということで、本書は、オランダ領東インド時代から、本書が出た当時はまだ存続していたスハルト政権期までの、インドネシアの近現代思想を概観できる1冊になっているといえます。

 1つだけ章をピックアップします。自分の研究の関係で、これまで何度か読み返しているのが、第5章の「スカルノとハッタの論争」です。この章では、1930年代前半のインドネシア国民党解散後の、インドネシア党(スカルノ側)とインドネシア国民教育協会(ハッタ・シャフリル側)間における、民族主義運動の方法(国民党解散や党組織のあり方、オランダに対する態度など)を巡る論争を、3人の文章や演説文を基に分析し、そこから見えてくる民族観や対オランダ観などの違いを考察しています(タイトルではスカルノとハッタにしか言及がありませんが、実際には「スカルノvsハッタ・シャフリル」という構図で論が展開されています)。

 双方の主張を確かめ、何が対立しているのか。その対立は、双方のどのような考えの元で発生しているのか。スカルノ側の史料とハッタ・シャフリル側の史料を往復し、それらを検討していくところが、大変、印象的で、「歴史研究って面白いなあ」と感じさせてくれる章でもある、と私は思っています。

 また、本章は、「大きな目的は一緒でも、そこに至る方法まで、皆、一緒とは限らない」という当たり前のことも気付かせてくれます。「オランダからの独立」や「インドネシア人による国家の樹立」という大きな目的は、多くの知識人や彼らの牽引する団体が共通して持っているけれども、そこに至るアプローチは組織によって違っていたのだ、と。この時期の政治史を勉強し始める前、私が持っていた民族主義運動に対するイメージは、「植民地支配を行っている宗主国に対して、民衆が一致団結して対抗していく」といったものでした。しかし、そんなに単純な話でもないのだなあ、と。「有力な2つの団体でさえこうだったのだから、多様な地域や民族、文化、政治潮流を『インドネシア』という1つの旗に糾合していくことはさらに困難なのだろう」と、読んでいてしみじみと思った記憶があります。

 本書が出版された1994年11月末から少し後の翌年2月、52歳という若さで土屋先生はお亡くなりになりました。そのため、これ以後の政治状況(例えばスハルト政権の崩壊など)や、他の研究者の研究成果を踏まえた増補版の『インドネシア―思想の系譜』を読むことは、残念ながら、もはや叶いません。しかし、日本語で読めるインドネシア近現代史、政治思想史の入門書としての役割は変わりません。今後も古典として読み継がれていってほしいなと思います。
 
 
堀田昌志(ほった・まさし)
岡山大学大学院博士前期課程2年。 スタン・シャフリルの政治思想について研究。
 
 
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