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前回のおはなし>
ここは北ロンボク県、観光専門高校。私は日本語教師、ぼくせん(ロンボク先生)。3週間続けて欠席中の女子生徒Lさんを担任のT先生と家庭訪問することになりました。家に上がる直前にT先生から「Lさんは異教徒の生徒との交際を両親に反対されて寝込んでいる」と真相を聞かされました。さて、どうなる?!

 おじいさんに招き入れられたT先生と私は、Lさんの家へ入りました。一目見て、Lさんの家は地震(2018年)の後に政府の補助金で建てられた家であるとわかりました。補助金で再建した家はデザインが同じだからです。Lさんは中2で自宅の全壊を経験したんだな……。

 パジャマ姿のままのLさんが入口まで来て、スッと私たちの手を取り甲にキスをするイスラム式の挨拶をしました。元々、スラリとした体型だったのが、一層細くなっています。恋煩いとは聞いていたけど、こんなにやつれて寝込むほどひどかったのかと内心驚きました。

 おじいさんがゴザを持ってきて、むき出しのコンクリートの上に敷きました。どうぞと手振りで座るように促され、おじいさんの向かいにT先生が、その両端にLさんと私が座りました。

 「今日は娘のためにありがとうございます。私も体調を崩していまして、こんな身なりですみません」

 え、今、「娘」って言った?? なんと、おじいさんだと思ったのは、Lさんの父親だったのです。「お父さんはどうなさったんです?」とT先生が尋ねました。私と同じで、T先生も、生徒のLさんよりもその父親の姿に驚いているのが声でわかりました。

 Lさんの父親は、ここ2カ月ほど調子が悪くて静養しているそうで、「お恥ずかしいんですが……」と次のように経緯を話してくれました。

 Lさんの父親はバイクタクシーで生計を立てていたものの、コロナでステイホームが推奨されたことにより売上が減少。ストレスからか、体調を崩して家で休養しています。娘であるLさんが携帯ばかりいじっていると気付いたため、携帯を買い与えたLさんの母親に注意をしました。が、母親は普段から好きに生きていて、娘に対しても放任主義的な子育てをしており、携帯の件も大して気に留めなかったとのこと(私たちの訪問時は、母親は仕事に出ていました)。そんな折、Lさんが男子生徒と交際していると聞きました。しかも仏教徒。交際をやめるよう注意しましたが、また隠れて会っていることを知り、再度、注意。学校に行くと仏教徒の恋人と会えてしまうので、学校をやめるよう言い付けました。それが原因でLさんは寝込んでしまった、と。

 Lさんは父親の言葉に口を挟むでもなく、横座りをして、じっと父親の話を聞いていました。ただ、ずっと目を伏せたままです。

 ふーむ……Lさんの父親は、娘だけではなく、Lさんの母親の態度にもストレスを抱えていそうです。「母親も娘もまったく理解できない、一体、何を考えているんだ」と思うものの、怒るパワーはないように見受けられました。

 「先生、なんとか言ってやってくださいよ」

 手の打ちようがなくて疲弊した様子の父親に促され、担任のT先生がLさんに話しかけました。

 「ねぇ、Lさん、あなたはどう思うの?」

 T先生がLさんの肩に手を置いて聞いても、Lさんはじっと下を向いたままで何も答えません。私までもが切ない気持ちになってきました。

 「彼とは別れて学校へ戻って来なさいよ」

 語り口は優しいけれど、Lさんにとっては酷な内容です。それにしても、T先生も損な役回りだなぁ。彼と別れろだなんて自分の受け持つ生徒に言いたくはないだろうに……。

 そこへ父親が、Lさんが学校へ戻れば彼に会えてしまうのだから、結局すぐにヨリを戻すのではないだろうか、と不安を口にしました。

 T先生は、「大丈夫です、LさんにはLさんのいとこと登下校してもらうので」とすぐに答えました。これはつまり、ちょっと悪い言い方をしてしまうと、Lさんが学校でも登下校の最中でも彼と会わないように、いとこに監視させるということです。ええぇぇ、そんなのいとこだってイヤでしょうに。

 あまりにサラリとT先生が答えたので、私にはわかりました。あぁもうここまで学校で(恐らくは校長先生、担任、保護者の間で)、話がついていたんだなぁ。今日はこれをLさんに伝えに来たのか……。Lさんが過度に恋に走って退学しないよう説得する立場だからこうせざるを得ないのかもしれませんが、Lさんの意思を抜きに話が進むのはあまり気持ちのいいものではないなと思いました。

 「仏教徒の彼のどこがいいのよ。ね、彼のことは忘れて、また学校においで」

 Lさんはまだ下を見つめたままで、首を縦に振りません。

 私はLさんが不憫に思えてきました。ってゆーか、なんでなの? ねぇほんとにダメなの? たまたま恋に落ちた相手が異教徒だというだけで、別れないと学校に行かせないなんてことになるの? なんで大人に、よってたかって反対されなきゃならないの? ロミオとジュリエットかよ、今21世紀だよーーーー。 

 私とてロンボク島に移住してもう10年です。異教徒との恋愛の困難さは何度も見聞きしています。ご両親や先生方も辛い別れの先にLさんの幸せがあると信じているのはよくわかるのです……でも……本音を言うと、心の中では異教徒との交際の何がダメなのか、全然わかりません。ねぇ、何がダメなの? 

 ほかの大人に悟られぬよう心の中でホンゴホンゴともがいていると、Lさんの父親が私に、「先生も、それ(彼と別れて学校へ戻ること)がいいと思いますよね?」と同意を求めてきました。

 いや、思わんわい。一人の生徒が一生懸命に体当たりの恋をしているのに、なんでそれを大人が宗教を理由にああだこうだいうの? なんで誰も自分の娘や生徒の味方にならへんの? もっと彼女の話を聞いてやらへんの? むしろそっちの方が全然わからんわ、フギャー。

 「いえ、私はそう思いません

 事が深刻にならないように、私は穏やかな調子で答えました。

 隣のT先生が「ちょ……みどり先生?」と目を剥いています。

 私はLさんの味方をするんだ。Lさんは頭のいい子です。きっと恋人と別れるでしょう。でも、今たった一人でも自分の側に立ってくれる人間がいることが、後の彼女にとって何かしらの支えになるはず……。

 「Lさんが決めればいいと思います

 Lさんが目を見開き、部屋全体がハッと呪縛が解けたかのような雰囲気になりました。「そうか、そうかなぁ……」、Lさんの父親が口をもごもごさせながら、「うーん、ほんじゃ先生、また連絡します」と頭を下げました。

 Lさんの家を出てから、T先生に「みどり先生、なんてこと言うのかと焦りましたよ」と笑われました。よかった、いつものT先生です。「ははは。いや~正直に言っただけです。怒られるかと思いましたよ~。Lさん、早く来てくれるといいですね」

 翌週から、Lさんは学校に復帰しました。やっぱり彼とは別れたのだそう。校庭の隅ですれ違った時、静かに微笑んで会釈していったLさん。これからの学校生活、元気に幸せに過ごせますように。

「ぼくせん〜ロンボク先生日記」バックナンバー

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#5 「みんな同じ答え」の中間テスト

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