恋に落ちたら ㊤ 結婚したら退学 【ぼくせん〜ロンボク先生日記】#6 

恋に落ちたら ㊤ 結婚したら退学 【ぼくせん〜ロンボク先生日記】#6 

2021-09-01

文と写真・岡本みどり

前回のおはなし>
ここは北ロンボク県、観光専門高校。私は日本語教師、ぼくせん(ロンボク先生)。教師になって3カ月、ようやくオンライン授業から対面授業に切り替わりました。初めて対面する生徒たちの中には自分の意見を言えない子もいて、ぼくせんは生徒の素朴さだけでなく繊細な面も知るのでした。

 11月の終わり。対面授業が順調に進んでいるおかげで、私は生徒や同僚の先生たちの顔をかなり覚え、授業にも慣れてきました。

 ある日、中庭で先生方と他愛もない話をしていたところ、ベテランの先生がそっと声をひそめて新しい話題をぶちこんできました。うちの生徒ではないけれど、オンライン授業の間に学校をやめた子がチラホラいるとのこと。

 あらら、オンライン授業に魅力を感じなかったかなぁ、それとも経済的に厳しいのかなぁ……と私が退学の理由を考えていたら、横から「あぁ、結婚でしょ」と声が上がりました。

 え、結婚? どういうこと?

 先生方によると、「学校に行かず家にいる→オンライン授業は面白くない→恋人と会ったり話したりする時間が増える→そうだ、結婚しよう!」の流れで退学するのだそうです。(注:ここでの結婚とは、イスラムの宗教上の婚姻=ニカーシリ nikah siri=を指します。公的・法的な効力はなく、むしろ違法という見解もありますが、慣習的・村社会的には認められていて、一緒に住んで家庭を持つことができます。ちなみにインドネシアの法律での結婚可能年齢は男女ともに19歳です。高校生の年齢は15〜18歳です)

 近隣の数校を合わせて、もう4人が結婚を理由に高校をやめたんだとか。ロンボク島に来て若い夫婦を何組も見かけた私はもはや10代の結婚には驚かなくなっていましたが、やはり高校生となるとインパクトがあります。他方、ある疑問がわいてきました。

 「ねぇ、この高校では結婚した生徒は退学しないといけないのですか?」
 「ええ、結婚したら退学ですよ」
 「結婚しても勉強できますよね。どうして退学なんですか?」
 「退学させなかったら、結婚する生徒が増えるからですよ」

 なるほど。学校としては学業に専念してほしいし、公立校として国の法律に抵触するニカーシリには同意しないという意思表示でもあるのでしょう。

*  *  *  *  *  *  *   

 そんな話をした数日後、私はあるクラスで授業をしました。Lさん(仮名)がもう3週間続けて休んでいます。Lさんはスラリと長身で目立ちますが、性格的には物静かで真面目な女生徒です。怠けるような子じゃないから、病気かな……?

 私は担任のT先生(仮名)にLさんの様子を尋ねました。T先生は「そうそう、それなのよ」とため息をつきながら頭を抱えました。「校長先生に、きょう家庭訪問をするように言われてるの」。

 校長先生の指示が出るなんて、単なる病欠ではなさそうです。私はほかにもいろいろ聞きたいことがありましたが、それより先にT先生がチラッと私を見ました。「みどり先生、一緒にLさんの家へ行きません?」「え、私ですか?」

 T先生は、本当は生徒指導の先生と家庭訪問をする予定でした。が、生徒指導の先生はほかの先生方と楽しそうに話をしています。あー、これは行く気ゼロですな。一応、私の方からも生徒指導の先生におうかがいを立てましたが、全然行く素振りを見せないので、私がT先生のお供をすることにしました。

 私はまだこの後、授業が2クラスありました。T先生いわく、家庭訪問を優先し、授業は自習にすればよいとのこと。インドネシアではこれが普通なのかどうかはわかりませんが、2クラス分に自習用の課題の指示を出して、いざ出発。同じクラスにいるLさんのいとこがLさんの家まで案内してくれることになりました。

*  *  *  *  *  *  *   

 Lさんの家は山の麓で、校区の一番南にあります。学校は校区の北端に位置するため、今日は校区の端から端までの縦断です。Lさんのいとこが前、後ろにT先生と私(2人乗り)。2台のバイクでLさんの家へと向かいました。

 想像以上に長い時間、バイクを走らせているのに、まだ着きません。遠いなぁ、毎日こんな距離を通ってるのかと感心していると、Lさんのいとこが「先生、近道使いますか?」と聞いてきました。T先生と私は顔を見合わせて「うん!」と即答。大通りを右に曲がり、田畑の広がる小道を行きました。車が入って来ないので、なかなか快適です。

 「いい所ですねぇ」
 「ほんと、気持ちいいですね」

 右も左も前も後ろも田んぼと高い空ばかり。T先生と和みながら道なりに進んでいると、少しずつ山道になってきました。舗装道路ではなく土の道です。今は乾季だからいいけれど、この道は雨季は無理だろうなぁ。これが近道ということだから、これから雨季に入ったら、Tさんは遠回りになる道を通うことになるのか……こりゃ大変だ。

 左右の田んぼはいつの間にか林に変わっていました。林の中に時々、畑もあります。ウコンやナンキョウ(生姜の一種)のように、土の下になるスパイスの葉っぱが目立っていました。はぁ~ここはスパイスの産地なんだなぁ。

 ふと、T先生のバイクが停まりました。先生が振り返って「みどり先生、これ、どうしましょう」と前方を指差しました。見ると、バイクがやっと1台通れる幅の木の橋がかかっています。手すりはありません。橋の長さは10メートルほど。そう長くはないし高くもないけど、下は小川です。落ちたら死ぬとまではいかないけど、濡れて岩に当たったら痛そう……。

 Lさんのいとこはとっくに橋を渡り終えて、橋の向こうで私たちを待っていました。私はT先生にバイクを押していこうと提案しました。が、T先生は「このまま行きます」と言うではありませんか。「いやー、T先生、私、降ります」「いえいえ、もう行きますよ!」。T先生はバイクのアクセルを回しました。うぎゃーやめてーーーーーーー。息を止めている間に向こう側へと到着。なんとか落ちずに済みましたが、帰り道は絶対ここは通らない!と私たち2人は心に決めました。

 橋から100メートルほどゆっくりバイクを走らせると、Lさんのおうちに着きました。家の前にもたくさんウコンが生えています。黄緑色の葉っぱが上向きにスッと伸びていて、目に鮮やかです。牛の鳴き声も聞こえました。近隣で牛を飼っているお宅があるのでしょう。

 それにしても静かです。Lさんの家の奥に、もう2軒、家がありますが、そのほかには近くに家が見当たりません。

 Lさんのいとこがおうちの方を呼んでくれることになりました。それを待ちつつ、T先生が口を開きました。

 「みどり先生、家に入る前に伝えておきますね。実は昨日、学校にLさんのご両親が来られてね……Lさんをやめさせるって言うんです」

 私は数日前の先生方との話を思い出しました。

 「もしかして結婚ですか?」
 「いえ、そうではないんですけど……。Lさん、恋煩いで寝込んでるみたいなんですよ」
 「恋煩い? そんなことがあるんですか?」
 「ええ、ほかのクラスの異教徒の生徒と交際しているそうで……」

 おっと。気軽に生徒の家に来てしまったけれど、これは結構デリケートかつ重い話のようです。私が来て良かったんだろうか……。T先生は続けました。「それで、親が別れろと言ったら寝込んでしまったみたいなんですよ」。

 うぇ~。どうするねんこれと不安な顔でT先生を見やった時、Lさんの家からおじいさんが出て来ました。「先生方、どうぞ入ってください」。

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