文と写真・岡本みどり
<前回のおはなし>
ここは北ロンボク県、観光専門高校。私は日本語教師、ぼくせん(ロンボク先生)。2018年ロンボク地震で壊れた校舎に代わる新校舎の建築がようやく始まりました。その横で生徒たちは、まだ仮設校舎で勉強しています。しかし、雨季が本格化し、校舎内まで雨に濡れる事態がたびたび発生。毎度騒ぎ立てながら雨と格闘し、それでも授業ができればいいかぁ〜とのんきなぼくせんたちなのでした。
4月になりました。はちゃめちゃだった雨季は終わりかけ、数日続けて太陽が顔を出しています。
そんな中、私は不思議な光景を目にしました。授業が行われているはずの時間帯に、生徒たちが教室の外でたむろしているのです。何をしているのかなぁと見に行くと、スマホでゲームをしたり、おしゃべりに興じたり。ん、なんで?
「ねえねえ、なんで教室で勉強してないの?」
「先生がいないんです」
「え? どういうこと?」
「先生が学校に来てなくて授業がありません」
んんんんん? 大雨や病欠ならともかく、先生が学校に来ていないなんて、そんなことがあるの? ってか、生徒を放置するなんてダメでしょ!
「先生からの連絡は?」
「ないです」
ちょっとこれどういうことよと非難したい気持ちと、何か理由があると信じて擁護したい気持ちとが出て来ました。注意深く観察してみると、先生不在の授業は一度や二度ではないとわかりました。

私は青年海外協力隊時代に、栄養士として、保健所の職員たちと共に何度か小学校を訪問し、食べ物に関する授業を行っていました。校庭を制服で走り回っている児童を見て、「体育の授業じゃなさそうなのに、どうして授業時間中に遊んでいるんだろう」と思ったものです。また、小学生の娘や姪が「担任の先生が来なかったから『帰ってもいい』ってほかの先生に言われた~」と早めに帰ってくることもありました。あれってこういうことだったのかぁ。
はぁ、なるほどねと思ったけれど、それでもさぁ。ちょっとひどくない? ロンボク島はゆったりした雰囲気が持ち味で、私もそれは好きだけど、いくらなんでも先生が生徒を放ったらかしにして何も教えないのはおかしいよ! だって教師だよ。学校で教えるのが仕事でしょ。何してるの?
小学校からこの環境で育ったからか、生徒たちは特に気にしていないようでした。が、私はまったく納得ができず、ほかの先生たちにも聞いてみることにしました。すると、意見はわりときれいに二つに分かれたのです。
一つは、「これがロンボクだからねぇ」と、穏やかな容認派。そしてもう一つは、私と同じく「おかしいよね」と憤慨している否認派。特に、観光業に直結する実技指導をしている先生たちは、ホテルスタッフやガイドとして働いてきた経験があるだけに熱心で、否定的にとらえている方が多いようでした。
ふーむ、しかし容認派もそこそこいるんだな……。日本の小中高で学んで12年、先生は学校に来て当たり前だと思っていた私には、なかなかのカルチャーショックです。
しかし、生徒たちが授業を受けずに手持ち無沙汰なのは見過ごせず、ある日、校長先生にも尋ねました。校長先生の答えは意外なものでした。
「そうねぇ。私がこの学校へ赴任したころはこんなじゃなかったのよ。それがね、地震の後で変わってしまったの」
「地震で?」
「そう。地震の時、みんな大変な目に遭ったでしょう? 観光業がダメになって、たくさんの人が職を失ったよね? でも、あの時ね、教師には支援金が出ていたのよ」
そうだ、確かに、私の義兄は教師じゃないけれど村役場勤めで、支援物資を何度か受け取っていたなぁ。やっぱり公務員は堅い職だと思ったんだ。私が相槌を打つと、校長先生は続けました。
「それでね、『支援金がもらえるなら、学校へ行かなくてもいいや』と思った先生方もいたのよ」
「でも、もう今は支援金は出ていないんですよね?」
食い下がる私に校長先生は、「支援金は出ていないけれど、学校へ行かなくても給料は出る、と味をしめた人の思考と習慣を変えるのは難しい」と答えました。
そうかぁ……。ロンボクののどかさが裏目に出た形ではないのかぁ。私は誰かにこの話を聞いてほしいと思い、欠席否認派の先生に校長先生の話をシェアしました。そして、二人で肩を落としました。
まさか支援金がきっかけでこんなことになるとは、政府も考えていなかったでしょう。それとも、ちょっと考えれば予想できたことなのかなぁ。いずれにせよ、支援金は引き金でしかなく、本質的には「働かなくとも一定の金額が手に入る」という給与システムの問題です。ううん、システムのせいだけじゃないな。だって同じシステムでも一生懸命に働いている先生方もいるんだもの。ということは……先生一人ひとりの器が問われ、かつ、いろいろな先生方がいる中で、どう学校としての質を高めていくかに帰結するのかな。
一人でどうこうするには難しすぎるけど、校長先生も否認派の先生方もいるから、うまくみんなを巻き込めば、学校の質を上げていけるのかしら。でも、1年目の私が出る幕じゃないかも。ううう、気が遠くなるわ……。でも、生徒たちに「あの学校で勉強できてよかった」と、社会に出て大人になればなるほどに思ってもらえる授業を提供したいなぁ。これといった着地点を決められぬまま、熱意は風車のようにカラカラと虚しく回るのでした。

