文と写真・岡本みどり
<前回のおはなし>
ここは北ロンボク県、観光専門高校。私は日本語教師、ぼくせん(ロンボク先生)。1年目の全ての授業を終え、進級を決める職員会議に出席したぼくせん。ところが四分の一の生徒が留年の危機にあるとわかり、保護者会議を開くことになったのでした。
保護者会の朝。時間になったところで、教職員に促された保護者が続々と教室に入って行きました。
今日の保護者会には、留年の可能性のある生徒とその保護者が呼ばれています。教室が保護者であふれ、少し騒がしいまま会が始まりました。
初めに、校長先生から保護者の方々へ現状報告と今後の見通し、そして家庭でのサポートの依頼がありました。今日の用件はこれだけ。この後、簡単な質疑応答があったとしても、全部で、ものの30分もあれば終わるかな~。
ところが、わが子の留年の危機に焦ったのか、保護者たちはすんなり「わかりました」と会を終わらせてはくれませんでした。ワイワイガヤガヤ、学校の予想以上にいろいろな声が上がっています。急遽、学年ごとに分かれて保護者会を続けることになりました。
日本語の授業は1年生だけなので、私は1年生の保護者のいる教室へ。まず、クラス担任と各教科の担当教師がそれぞれ自己紹介と、どのような基準で成績をつけているのかを説明することになりました。
ゲゲ、私も保護者の皆さんに説明するの? イヤだー(おい)
とはいえ仕事なので、ドキドキしながら説明しましたとも。もう~緊張するから帰らせて~。
私の思いとは裏腹に、会はずんずん進みます。続いて、質疑応答。
学年別に分かれたため、一人ひとりの保護者の顔をよく見ながら会話することができました。
例えば、A君のお祖父様。
教師には低姿勢ですが、A君にはしきりにああしなさい、こう言いなさいと指示しています。A君は横でおとなしくしています。が、表情は全然乗り気ではありません。ちなみにA君は私が名簿で名前を確認するほど、出席日数が極端に少ない生徒です。A君はこの学校に来たいと思っているのかしら。家庭でA君の気持ちは聞いてもらえているのかな……?
例えば、B君のお父様。
B君は学校には来ますが、教室で座っていられません。廊下で友達とつるんだり、校外に出てバイクを乗り回したりしています。
お父様は一番前にどっかと足を広げて座り、「今年度はコロナだったのだから、もう少し大目にみて対処してはどうでしょうか」と主張しました。
「はぁぁぁぁ??」
私たち教員みんなの内心の叫びです。が、そのお父様は口ひげをたくわえ、公務員の制服を着ていました(インドネシアの公務員はカーキ色の軍服のような制服を着用します)。それも肩章付きの、相当な役職の人だと一目でわかるやつです。ふーん。今までこれで黙らせてきたのかな。なんにしろ、「あなたのお子さんが『大目』を超えているのを考えてはどうでしょうか」。
例えば、C君のご両親。
珍しく両親揃っての出席です。しかし、夫婦で来たというより恋人同士が来たような雰囲気、しかもお父さんがとても若いような……? 担任の先生に聞くと、母親は2回離婚しており、この父親は3人目の夫だと教えてくれました。父親が若くても3回結婚していてもいいけど、「子供のことはもう知らない」という態度が気になりました。
C君はやんちゃぶりがひどく、いつもは先生にも平気で汚い言葉を投げかけます。この日は両親から遠く離れて教室の隅に座り、爪を噛みながら冷ややかな目で両親を見ていました。あぁ、寂しかったのか……私がそう思ったころ、C君は教室から出て行ってしまいました。
「わかるわぁ……」
私はなぜこの生徒たちが留年するかどうかの瀬戸際に立っているのか、よくわかりました。別の先生たちにどう思ったかを聞いても、ほぼみんな同じ意見です。「学力以前の話ですよね……親子(家族)関係ごとテコ入れが必要かな」
もちろん、単にテストの点数や授業態度がやや不足していた生徒もいます。
こうした生徒たちは根本的に学力が足りないというより、身が入っていません。中学生気分のままでいるのです。そして、保護者は「まさか、うちの子が留年?」と驚きうろたえます。子供とはあまりちゃんと話さないけど「高校生だし、大丈夫だろう」と思っていたという話を多く聞きました。もう今回で懲りたと思うので、職業高校では中学校までのノリは通用しないことを知り、親子で気持ちを入れ替えてくれれば、進級しても大丈夫そうです。
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さて、どうでしょう? この生徒たちがどうして留年しそうになっているのか、学校で問題を起こしたり、ほとんど学校に来ていなかったりしているのか、ー教師でなくともつかんでいただけましたよね。そう、親から子への関わりが薄かったり、見当違いだったりするからです。
この日、私が生徒たちからはっきりと感じたのは「もっと僕・私を見て!」という気持ちでした。注意を払ってほしい、愛してほしい……。小さな子供が親の気を引きたい時に問題行動を取るといいますが、高校生でも同じ、いやひょっとして大人でも同じなんじゃないかと思います。留年間際の生徒たちは、その気持ちがたまたま学校での行動に出て来たんですね。
教職員は生徒にとって、家族親族や近所の人々の次に日常的な関わりのある大人です。学校だけで全てをカバーするのは難しいですが、なんとか生徒と保護者をつなぎながら生徒が社会に出るための土台作りができたら……でもどうしたら……と考えました。まずは生徒の目を見て、よく聞いて、心と心で話し合うことからだなぁ。それと、きっとなにかしら背景があるはずの保護者とも、こんな事態になる前に話し合う機会を作りたいなぁ。
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主に「ノリ」でやらかした生徒の保護者たちの要望もあり、学校側は教職員だけでの再協議をとりやめ、生徒たちに1週間の時間を与えることにしました。また、保護者には重ねて生徒のサポートをお願いしました。生徒はこの期間中に態度をあらため、及第点をもらえなかった科目の先生と話し合い、課題提出または追試を受験して再評価をもらいます。それでダメなら今度こそ留年です。
私たち教員は、日本の春休みに当たる年度間の貴重な休みを返上して、1週間の指導に当たることになりました。