ある日、アートディレクターのQに「今、窪田正孝っていう俳優にどはまりしてて」と言ったら、「誰ですか、それ?」。

 これまで映画やドラマの「作品」が好きで、そこに出て来る俳優に役柄の人物としてはまることはあったものの(「ケイゾク」の真山が好き、とか)、特定の俳優にここまでどはまりしたのは初めてだ。

 昨年末の休みに、高い評判を聞いて以前から気になっていたドラマ「Nのために」を見た。瀬戸内海の島で起きた放火事件と、その後、東京で起きた殺人事件という2つの事件を軸に、「N」たちのかかわりを描く。

 島の高校の教室で、一番後ろの席に座る杉下希美(榮倉奈々)が、前の席の成瀬慎司(窪田正孝)に、シャープペンシルを「カチ、カチ、カチ」とさせて「成瀬君、す・ご・い」とメッセージを送るのだ。

 物語の終盤、成瀬君が希美の家まで会いに行くシーン。電話で「家におる? 今、下におるんやけど」。姿は映らず、ここで流れるのは成瀬君の声だけなのだが、その声がびっくりするほど温かい。そして最後のシーンで、成瀬君が希美の手を取るところが印象的だ。

 実は、窪田君はインタビューで「成瀬は、言葉にすごく温かみがあるんですよね。だから本当にそれをすごく大事にするように意識していました」「最後は抱き締めて終わるんですけど、どちらかというと抱き締める前の手を取る方が個人的には大事だなと思ったんです」(http://news.walkerplus.com/article/55616/)と語っており、演出もあるのだろうが、演技での意図がどんぴしゃで当たっている、見る人にまで伝わっているということだ。

 窪田君を認識したのは、この「Nのために」が初めてだったのだが、認識した後に気が付くと、それまでに見ていたドラマや映画のあちこちで出演していたことを知る。「最高の離婚」で尾野真千子に恋するフリーターの若者や、「ジョーカー」で罪から逃れるために心神喪失のふりをする殺人者など。「るろうに剣心」で、剣心に十字の傷の1つを付けて殺される若い侍も、出番は非常に短いのだが、窪田君が演じている。それぞれ強烈な印象は残っているのだが、窪田君とは意識していなかったし、同一人物だとさえも思っていなかった。

 キムタクは何を演じてもキムタクだし、どんなにうまい役者でも、そういう所がある。ところが、窪田君は、振り幅が大きい。ここまで変えられる役者は、初めて見た。普通は「自分」が出てしまうものだが、出さない。

 一瞬の目の動きや、ちらっとよぎる表情など、演技が非常に繊細だ。窪田君を見ていると、「言葉」は演技のほんの一部でしかないことがよくわかる。せりふ回しが中心になってしまっている役者も多いのだが、窪田君の場合、言葉ではない部分から伝わってくるものが大きいのだ。

 「HiGH&LOW」では、スラム街を仕切るグループのリーダーの「スモーキー」役で、アクションシーンが多い。このアクションもまた素晴らしいのだが、さらにすごいのは、演技としてアクションをしていることだ。ほかの役者だと、戦いのシーンの合間にようやく「ニヤッ」と笑ったりして、表情を作る「演技」をする。ところが、窪田君は戦っている間の表情、動き、すべてから目を離させない。大げさな演技ではまったくなく、一瞬、目が輝いたり、うっすら笑みが浮かぶ、または笑みがすっと消えるぐらいなのだが、演じるスモーキーの感情や考えが伝わってくる。アクションのシーンで「何か」が伝わってくるのは窪田君だけだ。

 「臨床犯罪学者 火村英生の推理」で共演した斎藤工は「テレビとか見ていて、すごく上手だな、という人はいっぱいいるんですけど、『あれっ、これ、本気じゃないか?』という瞬間のある人が、僕は本物の役者さんだと思うんですよ。リアリティー。それが窪田さんだったんですね」と語っている。これはまさにそうで、ただ「演技がうまい」というのを超えているように思う。フィクションの世界にあって、実在しない人物を実在させ、圧倒的なリアリティーを与え、どんな脇役を演じていてもすべてを持って行ってしまうぐらいの力がある。

 「デスノート」で演じた、主役の夜神月。最初の実写版では松山ケンイチの演じた「L」の方に人気が集まったと思うが、窪田君の作り上げた「夜神月」はアンチヒーローなのに、知らず知らずのうちに見る人を共感させ、引きずり込んで行ったと思う。「アルジャーノンに花束を」の「柳川君」も、チャラい、ずるい、決して格好良くない役なのに、等身大の人物としての感情がストレートに伝わってくるからか、強く共感させられてしまうのだ。

 というわけで、どはまりなのだが、普通に俳優が好きというのとは違うので、写真集が欲しいとかプライベートが知りたいとかはまったくない。演じている、役者としての窪田君が好きなのだ。職人技を見るように演技のすごさに魅了されているわけで、ただひたすら演技を鑑賞して、「す・ご・い」「す・ご・い」と、シャーペンをカチカチやるように心の中で言い続けているだけなのだ。

 窪田君は最近になって準主役やW主演、主演も増えてきたが、過去の作品は脇役が多かった。その場合、窪田君の演技だけが見たい。ほかのシーンを早送りするのも面倒なので、窪田君の演技だけをカットして集めた動画集が欲しい。さらに言えば、カメラアウトした時も彼なら絶対に演技を続けているはずなので、窪田君だけ撮ったカメラの未編集の映像を全部欲しい。あったら、買う。

 なぜこんなにはまっているのか?と考えると、やはり「クリエイション」ということなのかな、と思う。無から有を創り出す。実在しない人物を「自分」を使って実在させる。これは単純に言ってもすごいことだ。

 私の携わっているクリエイションは紙・二次元が主なので、言葉であり、誌面の編集であり、静止したものだ。演技は動的なもので、まったく違う。映画やドラマは好きでよく見ているが、「作品」や「編集」という観点から見ていて、作品を離れた「演技」だけに注目したことはこれまであまりなかった。演技という新しいクリエイションの世界に触れて、「こんな世界があったんだ」と驚嘆しているようなのだ。

 「自分を消す」というのも共通性があって、私は取材をしながら「無色透明でありたい」と思っている。「客観的」な記事などあり得ないとわかっているし、「これだけ『自分』を出した編集をしておきながら何を言っているんだ」と思われるかもしれないが、出すのは「エゴ」ではない、「エゴ」であってはならない、とも思っている。

 窪田君は型にはまらないでほしいし、ずっと変化し続けていてほしい。「東京喰種 トーキョーグール」が実写映画化されることになり、窪田君が主演に決まった。難しい役とは言え、これは見事に演じる窪田君が想像できてしまうので、ちょっとつまらない。もっと、まったく違った役を振ってくれないか。

 いろんな演技を見たいが、やはり、窪田君の良さが生きる役での演技を見たい。最高だと思うのは、何と言っても「Nのために」の成瀬君。影のある複雑な役なのだが、影も光も含めて見事に演じていると思う。格好良さでは、「HiGH&LOW」のスモーキーがダントツ。それから、まったくの端役なのだが、出て来るとすべてを持って行ってしまう「QP」のエイジもすごく好きだ。

編集長日記

続・窪田君「ス・ゴ・イ」