インドネシア語のチーズ「keju」は、ポルトガル語の「queijo」から。ポルトガルやオランダがインドネシアの植民地支配に乗り出した17世紀ごろ、インドネシアにもたらされたようだ。バタヴィア(現在のジャカルタ)のパサール・スネンにある中国系商店でチーズが売られていたとの記録があるが、もちろん、当時は庶民が口にする食べ物ではなく、チーズを食べるのは西欧人やエリート層に限られていた。

 「チーズは上流階級の食べ物」というイメージは根強く、1985年の「Bill and Brod」のヒット曲、「Anak Singkong(シンコンの子供)」という歌は、これをよく表している。

「Aku suka singkong
Kau suka keju, oh…oh…oh…
Aku dambakan seorang gadis yang sederhana
Aku ini hanya anak singkong
Aku hanya anak singkong」

(僕はシンコンが好き
君はチーズが好き
僕は普通の女の子が好き
僕はシンコンの子供だから
ただのシンコンの子供だから)

 これは「庶民=シンコン」、「上流階層=チーズ」と対比させたもので、身分違いの、かなわぬ恋を歌った歌。インドネシア人ならほぼ誰でも知っている、有名な歌だ。

 さて、そこまでチーズがインドネシア人には縁遠かったはずなのに、なぜこんなにも「何でもチーズ」状態になったのか? 

 チーズの消費量が増えたのは、実は最近のことだ。中央統計局(BPS)のデータによると、2002年のインドネシアの年間チーズ消費量は約8000トン。それが2013年には1万9000トンに急増している。それでも、消費量そのものはそれほど多くないので、チーズを食べる人口は都市部に限られるのかもしれない。しかし、周囲を見渡すと、チーズ味は非常に好まれ、よく食べられている印象だ。

 一般的な食べ方は、クラフトチーズを削って、バナナ、トースト、はたまたインドミーなどに山盛りにかける。最近はフライドチキン、マルタバなどにもチーズを絡めるのがはやりで、「何でもチーズ」が加速しているようだ。日本の「チーズケーキ」がはやっている現象も見逃せない。

 インドネシア人とチーズのかかわりの「今」をのぞいてみよう。

 
 
 
 
<特集>何でもチーズ
イントロダクション
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