お薦めする人 岡本みどり
 本書に描かれているのは、「ヤシ」ではなく「生活」なのだ。1990年代初頭の、そして今なお続いている、ジャワの田舎の生活記録集だ。
book_okamoto1福家洋介著、平野恵理子画『大きなヤシの木と小さなヤシ工場』(福音館書店、1998)

『大きなヤシの木と小さなヤシ工場』
 インドネシアのお菓子によく使われている赤茶色の砂糖、グラメラ。それについてパソコンで検索した時に、『大きなヤシの木と小さなヤシ工場』の紹介ページに出会った。1992年初版の、四半世紀前の本だ。「たくさんのふしぎ傑作集」の一編で、ヤシから作られる物やその工程が丁寧に書かれている、とある。子供向けかと案じたが、モノづくりの過程を知るのが好きな私は、好奇心に任せて本書を購入した。

 到着した本をパラパラとめくって驚いた。どのページもフルカラーのイラストが満載で、インドネシアの村の生活をそのまま閉じ込めたようだ。作り方が紹介されているのは、ヤシ油、赤砂糖(グラメラ)、デンプン、カゴ、ホウキの5種類。ヤシ油や赤砂糖は作り方を見たことがあるが、デンプンの作り方は初めて知った。しかも、サゴ椰子ではなくサトウ椰子のデンプンだ。そんなもの、あることすら知らなかった。カゴやホウキの作り方も微に入り細に入り、目の前で作業を見ているよう。私の知りたいことなど、とっくに超えていた。この本! すごい!

 しかし、この本はただヤシ製品の製造過程を記しているだけではない。冒頭には、大きなヤシの木のイラストと、南の国の観光ポスターにありがちな、海辺のヤシの写真4枚が並んでいる。そこで作者は鋭い指摘を入れる。「ヤシの木の観光ポスターを見ても、どこだかはわからない」。その通りだ。作者は自身がかつてインドネシアの村で見たヤシの木に思いを馳せる。村のヤシの木は、「村の人たちのくらしとしぜんにむすびついている感じだった」。さて、それは本当だったろうか……。作者は9年ぶりにジャワ島の山間の村を訪問する。

 読者は作者とともに、ヤシが村の人々の暮らしとどう結び付いているかを辿ることになる。ページを繰るにつれ、私は「そうそう、そうなの!」と共感する気持ちが強くなった。恐らくは、インドネシアに根差して暮らしている『+62』の読者の皆さんも同じだろう。作者の福家洋介はアジア地域文化の学者で、絵を担当した平野恵理子は身近な暮らしを得意分野としている。なるほど、本書に描かれているのは、「ヤシ」ではなく「生活」なのだ。1990年代初頭の、そして今なお続いている、ジャワの田舎の生活記録集だ。そうか、私は作者たちがインドネシアの暮らしを愛おしそうに本にしてくれたことがうれしいんだ。だからこれほど共感しているんだ。

 私はこの本をインドネシア人である義母にも見せた。日本語のわからない義母は絵だけを見て、「ポホン・ナウン(ロンボク島の現地語でサトウ椰子の木のこと)からグラメラを作っているところだよ」と膝に乗せた孫に教えていた。
 
 
 70年以上も前に、日本人たちが、このインドネシアのジャングルで、何の希望もない中でいかに希望を見出し、生き延び、または死に絶えたのか。
book_okamoto2加東大介『南の島に雪が降る』(筑摩書房、2015)

『南の島に雪が降る』
 私は青年海外協力隊の隊員として2010年にロンボク島へ派遣された。ロンボク島で一番大きな街であるマタラムの現地の方のお宅に、2年間、ホームステイをした。そこにはおじいさんとおばあさんがいて、2人とも日本語で私を迎えてくれた。驚く私をよそに、お二人は戦中戦後の話をしたり、日本の唱歌を歌ってくれたりした。どうやらロンボク島は戦闘地にはならなかったようだ。もっと、日本とインドネシアの戦中やその前後の関わりについて知りたくなり、本を当たった。『南の島に雪が降る』は、その中の1冊だ。本書は、俳優・加東大介の西部ニューギニア・マノクワリでの戦中体験を、本人がまとめたものである。

 しかし、戦争の記録といっても、開高健のベトナム三部作のようにビュンビュンと銃弾が飛び交うわけではない。本書では誰も血を流さない。そう、マノクワリもロンボク同様、戦闘地ではなかった。しかし、敵国だけでなく日本からも「ほうっておいても、もうなにもできないマノクワリの日本軍」はおいてきぼりにされた。見放されたのだ。現地に残された将兵たちは、「百年戦争」と称したらしい。次々に日本兵が死んでいく。飢えと熱帯病によるものだった。しかし、神仏の計らいであろうか、マノクワリの部隊には、なぜか作者をはじめとして芸達者な人々が揃っていた。そこで、「当マノクワリ支隊は、全将兵の士気を鼓舞するの目的をもって、今般、演芸分隊を編成せんとす」と辞令が下され、作者を隊長とする演芸分隊が出来上がり、後に劇場までもが作られることとなった。

 よって、この本の主な内容はマノクワリでの演芸分隊の活躍ぶりだ。といっても遊びでも娯楽でもない。彼らの演芸はマノクワリに散らばる40ほどの小さな部隊が交互に鑑賞できるようになっていた。次第に、月に1回の観覧は「娯楽じゃない。生活なんだよ。きみたちの芝居が、生きるためのカレンダーになってるんだ」と大尉に言わしめるものとなっていた。事実、それを見たい一心で、将兵たちはもう1カ月、あと1カ月と生き、骨と皮だけのような状態で川を泳ぎ渡って、命がけで劇場まで来るのだった。当然、それだけ求められれば、演じる方も命がけでこたえる。特に女役は全将兵の憧れ(故郷の母や妻などへの思慕)だったので、さまざまな工夫と努力をした。女性の髪の毛はバナナの皮の繊維から、何日もかけて作られた。サソリに足をかまれても、マラリアの高熱にうなされても、舞台に立った。本の題名になっている、舞台に雪を降らせるシーンは何度読んでも涙、涙、涙だ。

 なお、本書は、俳優が書いたものとは思えぬほど文学性も高く、洒脱で軽妙な文体で進む。インドネシアに縁ある者にとっては、片言のインドネシア語が出て来るのもうれしい。70年以上も前に、日本人たちが、このインドネシアのジャングルで、何の希望もない中でいかに希望を見出し、生き延び、または死に絶えたのか。是非、本書に目を通してほしい。
 
 
岡本みどり(おかもと・みどり)
2010年から2年間、青年海外協力隊の栄養士として西ロンボクで母子栄養事業に従事。任期終了後、現地青年との結婚を機に移住。現在は夫・姑・娘と4人で、北ロンボクの村中でのびのび暮らす。
 
 
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