お薦めする人 西宮奈央
 自分の足で歩き、土地の人と出会い、話し、そしてそこから知ることの楽しさを教えてくれた宝物のような1冊。
book_henkyo_image鶴見良行『辺境学ノート』(めこん、1988)

 インドネシアに関するお薦め本は、たくさんあり過ぎて選ぶのが難しい。うんうんうなりながら、旅、暮らし、食をテーマに5冊セレクトしてみた。

 まず、旅。インドネシア各地、それもあまり人が行かないような外れの土地を旅するのが大好きだ。決して「秘境」ハンターなわけではなく、ただ「辺境」が好きなのだ。『ロンリープラネット』にすら載っていない、アクセスもよくわからないような島に行き、海辺で網の手入れをしている漁師のおじさんに話しかけ、漁船の形をしげしげと眺めながらその日の成果を尋ねてみる、そんな旅がたまらなく好きだ。そして、この旅のスタイルは『辺境学ノート』に憧れ、それをなぞってのものなのだ。

 1984年と86年にインドネシアを訪れ、乗り合いバスでスラウェシを移動し、ボートを手配して鍛冶屋諸島(ワカトビ)を巡り、小舟の形を記録しながらカリマンタン南東部を垣間見て、ウォレスの言葉をたどりながらマルクの島々を歩いた記録であるこの本を、これまで何度、繰り返し読んだことか。バジャウ人の海上集落を訪れるのは、今や私の旅の1つのテーマとなり、ワカトビに現在も鍛冶屋がいるのか確かめるために実際に足を運んだほどに、影響されている。

 自分の足で歩き、土地の人と出会い、話し、そしてそこから知ることの楽しさを教えてくれた宝物のような1冊なのだ。
 
 
 国内外を飛び回る自由を手にし、「インドネシアが大好きだ」と胸を張って言い切る、現在の若者たちのリアルも見えて来る。
book_naked_imageTrinity『The Naked Traveler 2』(B first, 2010)

 一方、もっとカジュアルに旅の楽しさを感じられる本として、インドネシア人トラベルライターの草分けと言えるTrinityの『The Naked Traveler』も捨てがたい。ブログの書籍化として現在、7巻まで出ている上に、今年はこのシリーズを原作とした映画まで公開された。ごく普通の旅好きなインドネシア女子が、インドネシア各地を、そして世界を旅して思うまま素直に語る、その気負わなさが魅力の旅エッセイだ。インドネシアのどんな土地にどんな物があるのか、旅の参考にもなる。彼女の文章からは、国内外を飛び回る自由を手にし、「インドネシアが大好きだ」と胸を張って言い切る、現在の若者たちのリアルも見えて来る。
book_nao_P6295605
 今回セレクトした第2巻は、有給をやりくりして旅に出る普通の会社員だったTrinityが「フルタイム・トラベラー」として独立する移行期のもの。文章もこなれてきて、ノリノリで書いているのが楽しい。基本的に口語、かつ平易な表現で書かれているので、インドネシア語の学習にも役に立つかもしれない。
 
 
 インドネシアは大きく変化したと思える一方で、この本に描かれている人々の暮らしは、まるでつま先で砂を掃いたそのすぐ下に表れる地面のように、確かに、今、この時代へと続くものなのだ。
book_sunda_image村井吉敬『インドネシア・スンダ世界に暮らす』(岩波書店、2014)

 続いて、暮らし。インドネシア関連ではおなじみの村井吉敬のデビュー作であり、1975年から2年間滞在したスンダ(西ジャワ)地方の人々の暮らしを見つめた記録でもある『インドネシア・スンダ世界に暮らす』。国家という大きな枠組みを通してインドネシアを語るのではなく、国を構成する市井の人々の暮らしぶりを通してインドネシアという国を考える、地に足の付いたインドネシア入門書と言えるのではないかと思う。

 40年以上の時を経て、インドネシアは大きく変化したと思える一方で、この本に描かれている人々の暮らしは、まるでつま先で砂を掃いたそのすぐ下に表れる地面のように、確かに、今、この時代へと続くものなのだ。西ジャワ州バンドンに暮らす者としても、この本は外すことはできない。
 
 
 渋滞の車窓から眺める街の景色、その景色の中の物売りの少年にも「私のジャカルタ」としての物語がある。
book_myjakarta_imageJakarta Globe編『My Jakarta』(Jakarta Globe, 2009)

 そして、現代のインドネシア、特にジャカルタの人々の暮らしにスポットを当てた本として 『My Jakarta』をお薦めしたい。ジャカルタという街に暮らすあらゆる階層の人々〜元知事からアーティスト、学生、物乞い、ギャングまで〜にインタビューを行った、「Jakarta Globe」紙の連載を書籍化したもので、アマゾンでは電子版も手に入る。
book_nao_P6295611
 誰に対してもほぼ同じような質問を投げかけ、けれども当然、返って来る答えはそれぞれ異なる「私のジャカルタ」であり、そのあらゆる「ジャカルタ」を読み進めるに従って、重層的で多角的な「ジャカルタ」が自分の中で形作られていくような気がしてくる。渋滞の車窓から眺める街の景色、その景色の中の物売りの少年にも「私のジャカルタ」としての物語がある。その物語を知った後には、見慣れた景色が突然、明確な輪郭を持って立ち上がってくるように見えるのだ。
 
 
 厚さ8センチのまるでブロックのような1冊を持っていると「どんなインドネシア料理でも作れる」ような気分になれる。
book_mustikarasa_imageHartini『Mustikarasa』(Komunitas Bambu, 2016)

 そして最後に、食。昨年、インドネシア料理大全とも言うべき本が再版された。初代大統領スカルノが妻ハルティニに命じて編成させた『Mustikarasa』だ。初版1967年のこの本には、インドネシア各地から収集された1600以上のレシピをはじめ、食材、調理器具、調理方法、栄養、そして献立の考え方についてが記載されている。 国内の多様な食文化を1冊にまとめることでナショナリズムを後押ししようとしたのか、スカルノの意図はわからないが、国父のサポートなくしては、ここまでの本を生み出すことは難しかったのではないだろうか。

 さて、その内容はと言うと、こと料理に関しては、若干の挿画を除いては、ほとんどビジュアルに訴える物はなく、延々と料理名とレシピが羅列されていく。写真を多用した現代のレシピ本に慣れた者としては面食らう(おまけに旧式のスペリングで書かれている)。が、これは辞書のような物なのだと考え直し、パラパラとめくっていくと独特の面白みがあるのだ。現在、インドネシアで出されているレシピ本ではほとんど目にすることのない豚料理が、鶏や牛などと並び、普通に紹介されている。スパイスを多用するスマトラの料理と並び、「魚をタロイモの葉で包んで焼く」だけのパプアの料理も紹介されている。この、フィルターを通さない、選別していない感じは、今、改めて読むと新鮮な印象を受ける。
book_nao_P6295595
 何より、厚さ8センチのまるでブロックのような1冊を持っていると「どんなインドネシア料理でも作れる」ような気分になれる(実際には、思いがけないメジャー料理が掲載されていなかったりもするのだが)所が、マニア心をくすぐるのだ。
 
 
西宮奈央(にしみや・なお)
バンドン在住。旅好き、料理好き。本誌で「西宮奈央さんのMasak Kira-kira」を連載中。インドネシアの食についてつづったブログ「ヌサンタラ・キッチン」http://nusantarakitchen.blogspot.co.id。
 
 
【特集】私の好きなインドネシアの本
仲川遥香『ガパパ!』 インドネシア在住者のバイブル。
編集長日記 「インドネシアとの出会い」の本